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王子様の正体(11)

「奏、」 「うん、」 「ごめん、」 「……ん、」 「嫌なことして、ごめん」 「……ん、」 泣かせるつもりはなかったと言う彼に、それは俺も同じだと思った。俺も、まさか環が泣くとは思わなかったから。ごめん、と何度も謝る彼の背に手を回し、もういいからと、抱きしめる手に力を加える。 環は腕の力を緩めるとそのまま、ごろんと横に倒れた。ぎこちなく環も俺の背に手を回す。さっきとは違って優しい腕の中に閉じこめられ、環の匂いに包まれた。 「かなで、」 「ん?」 「……好き、だ」 「……え、」 ──お前のことになると、余裕がなくなってしまう。大切にしたいのに、優しくできない。 突然耳元で囁かれたその言葉に、はっと顔を上げれば、見るなとでも言うように顔を胸に押しつけられた。けれどそのせいではっきりと彼の心音が聞こえる。ドクドクと、大きく、でも心地の良い音。顔が見えなくとも、真っ赤になっている環を容易に想像できた。耳まで染まっているはず。 そんな環に、俺の心臓もうるさくなる。傷つけられて痛かった心が、今度は幸せで痛い。痛いのは同じなのにこんなにも違うだなんて。 ……変なの。環が、俺のことを好きなんだって。 「俺も、環が好き……」 小さく呟くと、そっか、と環が安心したようにため息をつくのが聞こえた。大魔王環くんはどこへ行ったのやら。弱々しい環を見て、彼の新しい一面に口元が緩む。 「環、」 「ん、」 「環も、俺のことを、特別に思っているってことだよね」 「……特別だよ。もう、ずっと前から」 木下さんに言われたことは本当だったと、欲しい言葉がもらえたと、心がまた満たされる。今までの大魔王環くんだって、俺のことを特別だと思ってくれていたんだ。何てひどい愛情表現だったのかと、そこは納得できないけれど、でも許してあげることにした。 へへっと笑えば、頭を優しく撫でられる。調子に乗ってすりすりと彼の胸に頬を寄せ甘えてみれば、環は何も言わずに頭を撫でてくれた。俺に優しくすることから遠ざかりすぎて今さらどうしたら良いのか分からないのか、小さく唸ってはいるものの、それでも拒否も怒ることもせず受け入れてくれている。 だけど、今までに一度もなかったこんな甘い空気に恥ずかしくなり、俺が段々と耐え切れなくなってきて、少しだけ彼との間に距離を作った。でもそれが失敗。彼の顔が見えてしまい、余計に恥ずかしい。 照れる俺に環は、何かを覚悟したのか真剣な顔つきになり、つられて口を結ぶと、その唇にキスをされた。そのキスがあまりにも不器用で、気まずさにお互い小さく笑う。 もう一度そっと環の胸に頬を預けると、今度は強く抱きしめ返された。幸せの中でふと、この環は大魔王じゃなかったら、何なのだろうと考えた。いつもの王子様ともまた違う。 ……でも、まぁいいや。 みんなは王子様環くんしか知らないけれど、俺は色んな彼を知っているってことなのだから。王子様の正体は俺しか知らない。今までもこれからも、俺だけの環くん。 「これからは優しくしてくれる?」 「……き、気が向いたら、な」 END

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