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第1話 告白

耳を疑うとは正にこの事だろう。 人生色々とは良く言ったものだ。 瓢箪から駒でもしっくりくるかもしれない。 とにかく今現在、斉木 充(さいき みつる) 三十二才はそんな心境である。 充がなぜそんな心境に至ったかと言うと、遡ること十分ほど前、一人息子である斉木 譲(さいき ゆずる) 十才が、深刻な顔をして「聞いて欲しい事がある」と言ってきた事に起因する。 近所でも明るく素直だと評判の譲が珍しく暗い顔をしている事に不安を覚え、充は仕事であるプログラムコードを打ち込む手を止めた。 リビングへと移動して食卓に向い合わせで座ると、譲はそわそわとぎこちない様子を見せながらも口を開いた。 「僕……、父さんのことが好きなんだ…!」 気まずい空気を振り払い、意を決したように放たれた言葉。 だがそれは、充にとってさして驚くべき内容ではなかった。 「…あ、ああ。父さんも譲のこと大好きだよ」 「ホントに!?」 「当たり前だろう、なんだ聞いて欲しい事ってそんなことなのか」 「うん…良かった…」 息子の心底嬉しそうな顔に、充は頬を緩めた。 まあ子供のころなんて、ちょっとした事で不安になるものだからな。 そんなことを思いながら譲を眺めていた充だが、息子の次の一言に目を点にすることになる。 「じゃあキスしてもいい?」 「…は?」 「今僕と父さんは恋人どうしになったでしょ。だから、キスしてもいい?」 何を言っているんだこの子は。 恋人?キス? 変なドラマでも見たのだろうか。 どこの局だクレームを入れねば。 「……譲は。四年生にもなって父さんとちゅうがしたいのか?」 少々の沈黙のあと、ようやくそれだけを絞り出した。 「ちゅうじゃないよ!キスだよ!恋人どうしの!」 ああ神様。父子家庭な上、俺が不甲斐ないばっかりにこの子がおかしなことを言い出すようになってしまったのなら、心の底から謝りますのでどうか譲を元に戻して下さい。 自身の想像の範疇を超える事態に頭痛を覚え、充は額に手をあてた。 「あのな譲。父さんと譲は恋人にはなれないんだよ」 充は額から手を離し、息子と視線を合わせると諭すように語り掛ける。 「譲が父さんを好きな気持ちは、キスしたりするような気持ちじゃないんだ」 「なんで?」 「へ?」 「なんで違うって分かるの?父さんは僕じゃないのに」 子供にも分かるよう言葉を選んで話したつもりだったが、譲に引く気は無いようだ。 「確かに父さんは譲の気持ちをすべて分かるわけじゃない。だがな、子供が親を恋人のように好きになったりはしないものなんだ」 「そんなの誰が決めたの?」 「誰って……」 「僕が父さんを好きになったら警察に捕まっちゃうの?」 「そうじゃない、そうじゃないんだが……」 「じゃあなんでダメなの?」 「それは……っ」 譲を納得させるような、明確な答えが出せない事にイライラし始めたとき、充の目線の隅に、今朝読んだ新聞から少しばかりはみ出た広告が写った。 それはとある進学塾の広告で、難関大学コースの生徒を募集するものだ。 「T大」 自身の中でも整理のつかない話を切り上げたかった充は、咄嗟にその広告の文字を読み上げた。 「T大に入るくらい勉強すれば、何がいけない事なのか分かるんじゃないか」 言ってしまった後に、我ながら酷い逃げ方だと思い、恐る恐る譲の表情を伺う。 「……に、入ればいいんだね」 「ん?」 蚊の鳴くような声で呟かれた言葉を聞き取ることができず、聞き返した充の視線を真正面から見据え、譲はハッキリと言い放った。 「僕がT大に入って、この気持ちを理解したら、恋人になってくれるんだね!」 「はあああ?!」 なぜそうなる! 「僕、絶対頑張るから、約束だよ!」 先ほどまでの不安と不満が入り混じったような表情は:溌剌(はつらつ)としたものに変わり、充の右手をつかむと、小指を絡ませ嬉しそうに笑った。 「僕が父さんを幸せにするから」 こうして奇妙な親子関係が幕を開けたのだった――

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