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第5話

 全てが終わる頃には、明け方になっていた。 「シャワー浴びないの?」  風呂から上がり、髪をタオルで拭きながらユウは尋ねた。  ケイジは全裸で、下半身だけを布団で隠したままだ。身体に残った情事の跡が生々しい。ケイジは首を横に振った。 「いや……、お前の家族と鉢合わせになったらまずいだろ」 「ふぅん。だから、声我慢しようとしてたんだ」 (無駄だったけど) 「うるせ、俺の勝手だろ」  すっかりいつものケイジになったユウは小さく笑った。 「家族はいないよ。ここにはボク一人で住んでるんだ」  ユウの言葉にケイジは黙り込んだ。一人暮らしには広すぎる一軒家に一人という事実に、何か察したのだろう。ユウは努めて明るく続けた。 「あ、生きてるよ。両親と兄は外国にいるし、時々帰ってくる」  ベータで下級議員だった両親は、アルファの兄に一流の教育をするために仕事まで変えて海外へと旅立った。兄を上級議員にすることが夢らしい。  上級議員とは、アルファだけで構成された国会議員のことだ。わずかな人数で構成された議員で、多くいる下級議員の決定も覆す絶大な権力を持っていた。すべてのアルファの頂点といっても過言ではない。  その夢のために、ユウは置き去りにされた。代わりに平日の昼間に家政婦が家事をしてくれる。彼女の置き手紙だけがユウの家族だった。 「ボクの夢はね、上級議員のアルファと結婚して、家族を見返すことなんだ。ボクを捨てたことを後悔させたい」  自分の夢を誰かに話したのは初めてだった。そんなことを口にすると、大概の人間はもっともらしい言葉で説教したがると思っていた。  しかしケイジは否定も肯定もせず、黙って聞いていた。 「君、ボクの夢を叶えてくれる?」  ユウの質問に少し黙って考えた後、ケイジは口を開いた。 「その質問に答える前に、俺から一つ聞いてもいいか?」  ユウは頷くと、ケイジは静かな口調で言った。 「その夢が叶ったら、お前は幸せか?」 「幸せだよ」  ユウは即答した。  正直、それが幸せかどうかなんて考えたことなかった。しかし違うと言えば今までの自分の人生を否定したことになる。  ユウの答えにケイジは一瞬悲しそうな顔をしたが、長い息を吐いた後に頷いた。 「わかった。その夢、叶えてやるよ」  ケイジがあまりに簡単に言うので、ユウは肩を揺らして笑った。 (舐めているのか、それともーー)  ユウはケイジの決意を試したくなった。 「二ヶ月後の生徒会選挙あるよね?」  唐突な話題の変わり方にケイジは怪訝な表情でユウを見た。ユウは口角を上げた。 「そこで生徒会長になってよ」 「俺ら一年だぞ」 「ボクの夢を叶えてくれるんでしょ? ベータだらけの高校でお遊びの選挙に勝てなくて、上級議員になんてなれるわけないよ。むしろ、一年生というハンデはちょうどいいくらいだよね」  ケイジは反論できないといった表情だった。どこか不安な様子でもある。 「ボクが全力でサポートする。もしも会長になれたら、いきなりうなじを噛んだことは水に流すよ。君の番として生きる」  ケイジはベッドに座ったまま、神妙な顔をしているのき対し、ユウは今思いついた交換条件に口角を上げた。 「でももし負けたら、ボクは君を番と認めない。  転校しろとまでは言わないよ。だけど、今後、ボクに接触することは控えてほしい。……それをボクに約束できる?」  ケイジはまた黙って考えた。元々口下手な方なのかもしれない。 「嫌だ」  ケイジの出した返答に、ユウは言葉を詰まらせた。ケイジは続ける。 「お前は番の絆を舐めている。言葉を交わさないぐらいで俺との縁が切れると思うな」 『番になった二人は永遠に寄り添うだろう。ーー死が二人を分かつまで』  番についての有名な言葉だ。  確かに離れ離れになった番が偶然再会するお涙頂戴エピソードは掃いて捨てるほどある。 「しかし裏を返せば、片方が死ねば番は解消される」 「君……まさか」 「お前の夢に命を懸けてやるよ」  ケイジは不敵に笑った。 「もしも会長になれなかった時は、この世から消えてやる。そして、お前は新しいアルファを探せ。……それが俺の覚悟だ」  ーー信じられない。  ケイジは選挙に落ちたら死ぬと言っているのだ。 (イカれてる)  ユウは笑いがこみ上げてきた。  今までこんな人はいなかった。僕の夢に笑いもせずに真剣に耳を傾け、命まで張ると言い出した物好きは、後にも先にもこの男だけだろう。 (ならば、ボクも本気で彼を、アルファの頂点に立たせる) 「対抗馬は、三年の野山陸」  ケイジが来る前にこの部屋から逃げ出した男。 「誰が相手でも同じだ」 「君が来る前に、ボクを襲ったのが彼だとしても?」  ユウの言葉にケイジは鋭い視線を投げてきた。ユウの表情は崩さないまま、立ち上がって彼に背を向けた。カーテンが開きっぱなしの窓を見た。ベランダの向こうには、陸の自室の窓がある。  その窓は赤い朝日が反射して、中の様子は伺えなかった。 「ねえ、吾妻」  反射された太陽の光を眺めながら、ユウは言った。 「勝ってよ。勝って、君が野山陸よりも強いことを示してよ」  朝日が昇る。昨日とは違う朝が来る。  ユウはその太陽に自分を捨てたすべての者に復讐しようと誓った。

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