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第195話

生活のすれ違いが始まって5ヶ月が経過するが近頃、雅が寝室のベッドに来なくなった。 仕事部屋に以前使っていた記憶にある方のベッドを置いてることは知っている。夜、朝、どちらかにはいつも雅の寝顔があった。まだ、記憶が戻らないことが不満なのか、どんな心境の変化があったのか、は樹には理解出来ない。 ただ、ここ数ヶ月、雅を避けるような生活をしてきたことは理解している。嫌いになったわけではないが、接し方が急にわからなくなった。 たぶん、その事に雅は気づいているからこそ一緒に眠ることを拒否していることも、なんとなくわかる。今は無くした記憶の分、こなさなければならないことが増えた。 子供たちのことにしてもそうだ。世話を任せっきりになっている。 『これまでどんな風に接触していたのかすら、情けないことに思い出せない』 ということが本音だった。 最初こそ、わからないだらけだったから様子を見ていたのだが、生活に慣れてきて仕事にも復帰してみたら、どんな感じで帰宅していたのだろう?どんな顔して帰宅していたのだろう? 雅に対してもそうだ。彼はかなり控えめな性格なのか、家のこと、子供たちのことについての話はするけれど、自分についてはほとんど語らない。ただ、妊娠出産をする際には医師の許可が必要であること、番がいながらもフェロモンがダダ漏れになってしまっていること。けれど、他のΩ同様、番以外との交わりには拒否反応を示すこと。 雅は自分の話は何かを振ってやらないと語らない。自己主張も仕事では強いのだろうが、プライベートに関しては特に控えめ、というより隠されてる気がしてならない。 感じてるイメージに違和感がある。きっと記憶を失う前の樹と雅の距離感はもっと近かったはずだ。確証はないけれどそうでなければ説明がつかないことが山ほどある。 番関係だとすら本人からは明かされなかった。 生理的な不都合が生まれるのはΩのはずなのに。何故か彼は身を引こうとした。 何故かそれに異様に腹が立った。 きっと眠ってしまっている樹の記憶のなにかがそれに腹を立てたのだろう。細胞レベルで体が理解をしたり拒否をしたりしているような気がした。だから雅の寝顔のない今の状況が寂しくもあり、それ以上に不安だ。 ベッドにはいつも雅がいた。樹の好み通りの食べ物、味付け、コーヒーのブレンドに至るまで至れり尽くせりのこの状況。子供とのことになると持ちかけられる相談、きっと以前にはなかったと思われるこちらを伺うような気配。 新薬の研究についても『検体になる』ようなことを口走り、家族を(ないがし)ろにするような素振り、初めて明かされた血液型、――そんなの誰もが反対するに決まってるのに、強行突破してしまう自分に対して無頓着なところ…… 自暴自棄になっているのか?と問いたくなる。 全てを知っていなければ気が済まない、という訳ではないが、番なら番らしくあって欲しいのも事実だ。雅が何を不安に思っているかも理解出来ていない。自分の不安は明確だ。 現状、雅がいなければ息が苦しいほど本能が雅を求めている。雅は違うのだろうか……? ふと先日言い合ってしまったことを思い出す。 仕事柄、男女問わずΩ性の役者と一緒に仕事はすることはある。スチールの撮影でくっつくことも多々あるのだが、いちいち風呂に入って帰るのも変な話だ。 そのまま帰宅してしまった時の雅のドン引いた表情を見て、柄にもなくイラついて八つ当たりをしてしまった。仕事に関しては1番理解してくれてるはずなのに、というイラつきだったのかもしれないが、ここ最近は雅は現場に出ていない、子供服の撮影もα揃いだから尚更に。 まだ、その時のイラつきと、八つ当たりをしてしまった罪悪感と共に申し訳なさと、まだ意地を張りたい自分がいる。 精神的に子供のワガママのようなものだとわかるが、その気持ちに振り回される。 その気持ちの本質が分からないままに……

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