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プロローグ

 茹だるような蒸し暑さを煽るように降り注ぐ雨粒の滝の中を、二人で走り抜けた。遠くの雲間から覗くオレンジ色がやけに鮮やかに映った。 「びしょびしょだ」  店の軒先でTシャツの裾を絞りながら、あなたが云った。毛先から滴る滴が、ぽたり、ぽたり、と絶えず顎を伝う様を、僕は無言で見つめていた。気の利いた言葉の一つや二つ、喋れずに。 「幸太郎くん?」  首を傾げたあなたが僕を覗き込む時、透けたシャツの下に扇情的な色を捉えて無意識に喉鳴らす。 「風邪、引きますよ。ウチ寄っていきませんか」 「……うん、でもこんな暑いし。帰り道に乾くかなって」  わかりやすく狼狽えたあなたが目を逸らした。その黒い瞳に映したのは、一体誰なのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんだ時には、既に僕の手は彼の細い手首を掴んでいた。 「冷たいです」 「……離して」  僕は返事の代わりに握った手に力を込め、次の瞬間にはその身体を抱き込んでいた。近くなる距離、水々しい空気の中に愛しい香りが濃く香る。抱き込んだあなたの顔が見えなかったけれど、腕の力は緩めることができなかった。 「せめてタオルで拭くだけでもしてってくれませんか」 「わ、わかった。タオルだけお借りするよ、だからちょっと離してくれないか」  すぐそばで聞こえる声が早口に抗議し、腕の囲いを解く。いつのまにかあの激しい雨も止んでいて、妙な静寂だけが辺りに広がっていた。 「暑いね」  汗だか雨だかわからない滴を拭ったあなたが歯を見せ笑う。僕は、その時自分が何と答えたのかよく覚えていない。ただ、日中の熱を吸ったアスファルトに染み込んだ雨水が濃密な湿度に変わりじっとりと肌に纏わりついたあの感触が、今でも皮膚一枚下にこびりついている。

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