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出会い
「ありがとうございました」
注文の品を手渡し、出口まで見送る。その背が見えなくなったのを確認して、青年ーー幸太郎は鉛色の空を見上げた。
幸太郎は、両親が営む花屋の一人息子として生まれ大学卒業後は家業を継いだ。駅から徒歩数分の場所にあるここはそれなりに人も入るが、やはり雨の日は客足も遠のく。ぐるりと見渡した店内は、人の少なさ故か花の鮮やかさが際立った。
「橋本さん、お待たせしました」
リボンを結び終え、完成した花束の注文タグの名を呼ぶ声に二つの顔がこちらに振り向き、その一人と視線がかち合う。
細いシルバーのボストンフレームの眼鏡に黒髪は以外はほとんど特徴がなく、けれど腕にぶら下げたロイヤルブルーの傘がひどく印象的な30代半ばの男だった。しかしその瞳は直ぐに逸らされ、代わりに女性が近づいて来て、幸太郎はレジ台に入った。
見送りを終え暫くすると、所在なげに店内を見ていた先程の男が花を持って来る。
「これを包んでくれないかな」
「かしこまりました、リボンは何色になさいますか?」
「緑…いや、青でお願いしようかな」
レンズの奥で目を細め思案する男は、多分初めて見る顔だ。駅の近くとはいえ、住宅の多いこの場所は常連客が利用することの方が多い。
「さっきは変に見てしまって、気を悪くしてしまったら申し訳ない。実は橋本って、僕の旧姓なんだ。だからつい反応してしまって」
「あぁ、なるほど。いいえ、お気になさらず」
完成した花束は、かすみ草とブルースターのシンプルなものだが、優しい色合いは見るものを和ませてくれるだろう。
「ありがとう」
男はふわりと微笑み、できたての花束を大事そうに抱えた。垂れた目元は少し幼なさを感じさせる。
男は店の軒先で傘を広げこちらに会釈をすると、煙雨の中に消えていった。男の青い傘は、モノクロの世界でそこだけ晴空のように鮮やかに映った。
そしてこれが、幸太郎と男ーー雪生との出会いだった。
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