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第一章 波の狭間で9
「……ヒロ?」
宏輝が薄目を開けると、戸惑い顔の将大が不安そうに宏輝を覗きこんでいた。
「ヒロ、どうしてここに?」
「……マサくん」
宏輝は袖口で目蓋をこすり、まじまじと将大を見つめ返す。その目はとろりと呆けており、まだ夢の淵をさまよっているようだ。宏輝のそんな様子を見て、将大は膝をつき、宏輝と同じ目線になる。将大の切れ長の眼差しが宏輝を捉えた。
「ヒロ、もしかしてずっと待っていたのか?」
「ううん。さっき来たばかり。足が疲れたから休んでいただけ」
宏輝は嘘をついた。将大はストーカーの存在を知らない。大学生にもなって――しかも男が男からストーカー行為を受けているなんて、とてもじゃないが話せなかった。
だが聡い将大には通じなかったようである。将大の顔はこわばったままだった。
「……寒くはないか?」
しかし、将大は何も言わない。黙って宏輝をうながし、部屋へ入れようとする。
「今夜は泊まればいい。メシは食ったか?」
「マサくんは?」
「俺は家にあるものでてきとうにすませる」
「じゃあ、僕もそれで。お金はあとで返すから」
「いいよ、これぐらい。ヒロも食べるなら、コンビニでも行くか?」
「ううん。早く、部屋に上がらせて」
宏輝は自分の肩を抱き、将大に懇願する。隠しきれない震えを悟った将大は、鍵を取り出し、アパートの扉を開けた。
「マサくん……っ」
アパートの扉が閉まりきるよりも早く、宏輝は将大の広い背中に抱きつく。
「マサくん……マサくん……」
「ヒロ……何があったんだ?」
「何もない……っ、何も……何も……っ」
宏輝は将大の背に顔を埋め、子供のように泣いた。将大の薄手のアウターが、宏輝の涙で染まっていく。腹に回された細い腕は小刻みに震え、宏輝の身に降りかかった恐怖を体現している。将大は宏輝が落ち着くまで、彼の止まり木となった。
「……ごめんね、マサくん」
「もう大丈夫か?」
「うん」
「それならよかった。そうだ、ヒロに見せたいものがある。ヒロのために新しく――」
「ねえ、マサくん」
宏輝は将大に抱きついたままの体勢で問う。
「おまじない、しよう?」
「でも、お前……」
「いつものじゃ足りないから、今日はいっぱいおまじないしよう?」
宏輝の発言に将大の心臓はどくりと踊る。その鼓動は密着している宏輝にも伝わってきた。
「だめ……?」
将大が断れないと知りながら、宏輝は上目遣いで懇願する。そんな自分をずるいと思いながらも、今はただ、将大との時間を過ごしたかった。
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