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アゲハチョウ 2
あの人は初夏の光の中で、楽しそうに笑っていた。
まだ、俺が王城に伺候しはじめたころのこと。
「松風」
俺の名を呼ぶ優しい声。
困ったように髪をかき上げてから、くすくすと笑う。
さらりと指の間を抜ける黒髪。
耳元に光る、ターコイズ。
「気持ちはありがたいが、わたしは近衛の守備範囲ではないのだよ」
近衛が守るのは、王とその家族。
王弟である自分は、王太子のある今、そこから外れていると。
「王族であるのは間違いないけれど、ね」
ちゃり。
その指で、耳飾りに触れる。
この人だけに許されている、飾り石。
王族の方々は、自分だけの石を決めている。
国王は金剛石。
そしてこの人は、ターコイズ。
「そうなのですか?」
予想もしていなかったことを突き付けられて、俺は目を丸くする。
「王家継承には直接かかわりのない立場だ。ただの穀潰しだよ。そうでもなければ、こうして自由にお前と話もできぬさ」
「では、殿下をお守りするのは?」
「自分の身くらいは守れる。お前と同じだ。よほどのことがない限り、わたしはお前たちと同じで陛下の家臣なのだよ。それとも殿上にあがろうか? そうすればお前が守ってくれるのだろう?」
「……お話ができなくなるのは、いやです」
「お前は素直だね」
あの頃の俺は、王弟殿下とくらべて、頭一つ分背が低かった。
身幅も薄かったしひょろひょろと細くて、腕の力もなくて。
稽古につきあってくださる殿下に「そら、武器に振り回されているぞ」と、笑われることも度々あった。
何も、あの方には敵わなかった。
身体の大きさだけじゃなくて、性格や考え方や、他の部分はいろいろと言わずもがな。
だいたい、十四・五歳頃の三年差は大きい。
今まで呑気に過ごしてきた俺と、いろいろな重圧をやり過ごしてきた方であれば、なおさらのこと。
時折、「話し相手をしろ」と奥宮の四阿に連れて行かれた。
本当なら俺のような身分では、足を踏み入れることもめったにない場所に、有無をいわせずにつれていかれたけど、そういう時は本当にただ、他愛もない話をしていた。
気が向いたからと、厩の近くで剣の相手をさせられたこともある。
稽古の相手をしてもらった、と言った方が正確かもしれない。
優し気な見た目やたおやかな物腰とは裏腹に、重い剣をふるう人だと知った。
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