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第5話 動悸と頭痛のバレンタイン
いつも行くスーパーのレジ横に女子がたむろってる。2月に入ってできた特設売り場。
そう、バレンタインのチョコレート売り場だ。
色とりどりの可愛いチョコレートの詰め合わせもあれば、手作りチョコのための材料やラッピング資材まで、スーパーにしてはなかなかの品揃えだ。女子高生らしき集団もいれば、お母さんと一緒の小さな女の子もいる。みんな甲高い声で笑い合って楽しそうだ。誰かのためにって考えるの楽しいよな!と微笑ましく思いながら通り過ぎる。
俺はもちろん、そんなエリアに突入する勇気は断じてない! 最近は友チョコの方が多いとか男女平等とか言っても、俺がそんな可愛いものにまみれる絵面、想像しても辛いだけだ。
しかし、しかし、大丈夫だもんね。2月に入る前に、材料はすでに買ってあるのだ~~!
ふふふふふ、俺は特設売り場に突入しなくてもいいのだ!
バレンタインデーにチョコレートを渡すのって日本だけだって聞くし、別に男同士でそんなベタなことやらなくても、とは思う。でも、俺の方が先に好きになったというのに、告白はあいつに先取りされちまった。それもクリスマスに思いっきりベタな舞台用意されて。
まさか付き合うことができるなんて、目指してた割に思ってもいなかったからもちろん嬉しい。だけど、いつもあいつに一歩先を行かれてる気がして、悔しいんだ。そう、悔しくてどうにか見返してやりたいっていう謎の復讐心に燃えている。
今までお菓子作りなんてしたことはない。道具もないし、そもそも自分がお菓子を作ろうとするなんて思ってもみなかった。
きっかけは職場の上司のぼやき。小学生の娘さんの友チョコ作りが大変なんだそう。40個作るって聞いて目ん玉が飛び出そうだった。
「ああ、でも下地になるお菓子はキットで作るから簡単なのよ。あとはデコレーションとラッピングで勝負ね」
とかなんとか・・・・・・キット? 簡単? そんなもんがあるのか!
まあ、特設会場に行きたくない気持ちもあって、俺は早々とネットでキットを購入することにした。
”バレンタイン 手作り キット” 、もちろん、”簡単” のキーワードも入力して検索。
そもそもプレゼント用のチョコレートをネットで買えばいい、かもしれない。が、ここは一つあいつを驚かせてやりたい。驚く顔を想像しつつニヤニヤしながら画面をスクロールする。
――うーん、可愛い。可愛すぎるな。ハート? クマちゃん? ドーナツ風? いや俺が持ってたら、子供を拐かすあぶないお兄さん? みたいでやだな。うーーーーん・・・・・・
結局、フォンダンショコラキットってのをポチッとした。デコらなくても良さそうだから。1つのキットで何個か作れそうだから全滅ってこともなさそう。練習するから5箱。ちょうどと言っては何だが、来週末あいつは法事でいないのだ。その間に練習すればいい。
2月14日、職場の給湯室に缶入りのチョコレートが置いてあった。
『いつもありがとうございます!ご自由にどうぞ(女性一同より)』って付箋が貼ってある。普段食べないちょっと高級なチョコを一つ頂く。うんうん美味しいな、と思いつつ自作のお菓子を思い浮かべる。俺が作ったにしては結構良いできあがりだと思う。さすがキット!
俺は4月から本採用になる職場でバイトの身なので、定時で仕事が終わる。あいつの家に向かい夕飯を作っておく。夕飯は簡単にカレーにしてしまったが、金曜日なのでビールも飲むつもり。
さて、食べ始めて5分も経たずにおかわりしようとするあいつを押しとどめる。
「ちょっと待て」
「カレーもっと食いたいんだけど」
「その気持ちは分かる。でもちょっと待て。後で食っても良いからちょっと座ってろよ」
俺の顔を見たお前は何かを察したんだろうな。への字口のまま目が笑ってる。
さてと、自宅から持参したものを電子レンジに並べて加熱する。ほんの20秒。それをオーブントースターに入れてさらに1分。
その間にコーヒー入れて・・・・・・
カレーの匂いが濃厚な甘い香りで上書きされていく。うーん、カレーと相まってスパイシーな甘さ。あいつもう分かってると思う。部屋中に充満する甘いチョコレートの香り。
仕上げに粉砂糖を振って。おお、売ってるやつみたいじゃん!
何となく恥ずかしくて耳が熱くなるがここは勢いだ。
「はい・・・・・・熱いからやけどすんなよな!」
ローテーブルに小皿に乗せた完成品を二人分並べて、ナイフとフォークを手渡す。
コーヒーを注いでから、お前の向かいに正座する。
「えっと、俺からのチョコレート、フォンダンショコラ・・・・・・なんと手作りだ!ありがたく食えよ!」
と宣言してから目線を上げれば、ほんのり頬を上気させた掛け値無しのお前の笑顔。
「――スゲぇな・・・・・・お菓子まで作れんのか・・・・・・」
ほんのり笑顔のまま動かない。
「へへへ、まぁな。あ、食って食って!まずナイフで真ん中割ってみろよ!」
冷めちゃうと驚きが減るだろ!早く行けよ、ほら!なんて脳内で急かしていたんだが。
「いや、ありがとな・・・・・・嬉しいもんだな。お前がどんな顔して作ってたんだって思うと・・・・・・うぉっと!」
はにかみながらそんなことを言ってナイフを入れるお前に、俺は血圧が跳ね上がっちゃって。旨い!とか、熱い!とか言いながら食べるお前を見ながら、脳みそが茹だりそうになる。
舐めたのかってくらいきれいに食べたあと、手招きされてお前の隣に座ると、ブランドショップのみたいなシックな紙袋を渡される。
「俺から」
いつものニヤニヤは引っ込んで優しい笑顔。フォンダンショコラのお陰かな。
「うわっ、なんかすっげー高級そうなんだけど!開けていい?」
箱を取り出してみれば、掛けてあるリボンも包装紙も高級感にあふれている。デパートかホテル、それとも専門店か?
「お前、これ買いに行ったの?」
と問えば、ちょっと眉尻を下げて決まり悪そうに頭を掻く。
「いや、姉貴に買って貰った。自分で買いに行ったんじゃなくて悪いな」
聞けば、法事のあとの実家でお母さんとお姉さんがTV見ながらチョコレートの話をしていたんだそうだ。お姉さんの勤め先にほど近いチョコレート専門店が紹介されていたらしく・・・・・・って!
「姉貴と母さんがチョコの話してて。俺の分も頼むって言ったら、2人とも女の子にあげるの?ってすごい勢いで聞くからさ」
こいつのニヤニヤした顔見てたら、なんか動悸がしてきた。
なんて言ってごまかしたんだ?こいつ。
「いや、男にあげるっていったらさ、すっげー顔してんの!ハハハハハ」
「そりゃそうだろ!まさか・・・・・・まさか、俺の名前出してないだろうな」
ニヤリ。
「まあ、姉貴は多分わかってんだけどな。それより食ってみようぜ~俺も食いたい!」
えっ、えっ、何か聞き捨てならないこと言ってないかこいつ。
「お姉さんって、あのザ・美人!って感じの人だよな? な、何わかってんだよ」
「女って察しがいいからな。高校ん時、家に連れてったのお前だけだし。お前が大学行っちまった後に俺が落ち込んでたの見てるし」
「そっ、れは・・・・・・悪かった、けど」
「ほんとひっでぇよな。直前まで黙ってるし、連絡もほとんどねぇし。俺、お前になんかやらかしたかってしばらく落ち込んだ」
チョコレートの箱からリーフレットを取り出して見つめる瞳は笑ってない。
初めて聞くお前の気持ち・・・・・・胸にチリチリと痛みが走る。
「ごっ、ごめんな? だって、俺、まさか・・・・・・こういう好きってのを受け入れてもらえると思わなくて。気持ちわりぃって嫌われたらどうしようって・・・・・・」
お前への申し訳ない気持ちと、あの頃の自分の辛さと。それを思って鼻の奥がツンとする。
と、唐突にチョコをつまみ、座った目とへの字口のまま俺を見る。
「これ!1個しか入ってないから半分こな。半分かじって。はいあーん」
「へっ?」
返事も聞かずチョコを俺の前歯に挟むなり、後頭部を手で押さえて囓りとる。歯ぶつかった? と思うまもなく強く唇を合わせられる。肉厚でちょっと荒れた唇に食いつかれてパニクってるうちに、舌が滑り込んできた。両頬を手で挟み込まれて顔が動かせない。
「んんっーーー!」
何か甘酸っぱいものがトロリと舌の上を滑る。と、溶けかけたチョコレートと一緒にかき混ぜられる。散々口の中に塗りたくられ口の端から・・・・・・こぼれる、垂れてる!最後に俺の舌ごと持って行かれてから、やっと解放される。
「ふぁっ、はぁ、はぁ・・・・・・」
酸欠ぎみの涙目で睨み付けると、俺の口の端をベロリともうひと舐め。
「こんくらいいいだろ。今は幸せだから!これからも幸せにしてくれよな!」
あああ、また負けた気がする!
お前には一生敵わないよ、きっと。
動悸で胸は痛いし、血が上って頭痛がするし、こんな穏やかじゃないバレンタイン初めてなんだってば!
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