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逢瀬15
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まったく仕事のできない上司橘のせいで、サブチーフである高橋は、ほぼ毎日残業を強いられていた。
前の上司のときは、月に2~3日程度の残業だったというのに、無茶ぶりな状態で仕事を引き受けた挙げ句の果てに、高橋たち下の社員に放り投げて、自分だけはさっさと帰ることを繰り返す。
そんな無能な上司に自分だけじゃなく、同僚たちも殺意を抱いていると思われる。
(しかもここでいい人を演じることにも、かなり疲れてきた――)
「高橋さん大丈夫ですか? 顔色があまり良くないですけど」
デスクから一番遠い席にいる部下が話しかけてきたので顔を上げると、ちょっとだけ困った感じの視線とぶつかった。その雰囲気がなぜだか、青年と初めて出逢ったときのものと似ていて、ハッとする。
「ああ、大丈夫。キリのいいところを見計らって、帰ることにするから」
「そうですか。これ差し入れです。どうぞ!」
ビニール袋を片手に、わざわざ高橋の傍に来て、栄養ドリンクを差し出してきた。
「気が利くな。ありがと」
「いえいえ。俺、みんなのように満足に仕事ができないので、こんなことでしかフォローできなくて済みません」
「そんなことはないよ。君が雑務をこなしてくれるから、面倒くさい仕事に手をつけることができるんだからね」
高橋の言葉に、残っていた同僚が同調するように笑顔で応えた。
(他の奴らが残業で、この場に残っていてくれて助かった。誰もいなかったら、目の前にいる彼に、手を出してしまう恐れがある――)
それくらい、高橋の心と躰が追い詰められていた。
変な噂がたたないように、会社の人間には手を出さないことをポリシーにしていた。それなのに状況によっては、それを覆すくらいの強い何かが、高橋を突き動かそうとする。
手渡された栄養ドリンクの蓋を開けて、中身を一気に飲み干す。疲れ切った躰に、それが染み渡るような気がした。
お蔭で頭が冴えたので、言葉通りにキリのいいところまで仕事をしようとしたが、ふと手が止まってしまう。
(はるくんとと行為に及んだのは、いつだっただろうか。こうしてわざわざ考えない限り、それを忘れて、仕事に忙殺されてしまいそうだ)
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