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サンタは返品できますか?

 緑と赤の二色が町中を彩る12月。  白い息を吐きながら、鼻を真っ赤にして雪が降りそうな凍える空の下、材料を買い出ししていく。 時折、幸せそうに寄り添う恋人たちとすれ違うが、私にはそんな経験は皆無に等しい。  思えば高校の卒業式後の二次会で、お酒を飲まされ朝起きると、隣には知らない女の子がいた。隣の隣の隣のクラスぐらいだったかな? 3クラスは向こうの同じ学校だが知らない女子だった。 一服盛られた俺は、――その子と寝て、大人になってしまったらしい。  まつ毛が長いだの、色が白いだの、可愛いだの、綺麗だの、男の私に女子はからかってばかりだったのでこんな展開になるとは夢にも思わなかった。男に見られていない自信なら溢れていた。 逆にそれを言われるのが苦手で、女性とまともに会話したこともないしお付き合いの経験もない。  それから彼女は行方を晦まし、二年後ぐらいに俺の大学に訪れて、にこっと笑った。 『貴方の子だよ。うふふ。ごめんね、キミがあまりにも綺麗だったから』  あの時の世界が崩れていくような、180度変わってしまって色がマーブル状に溶けていくような、衝撃。  彼女は何度か私にアプローチしてくれていたらしいが、全く気付かない鈍感さに「じゃあ子どもだけでも」と既成事実だけ作り逃亡したらしい。  急いで結婚したものの、私は彼女のことを何も知らないまま。  ただただ子どもだけは天使のように可愛く、子どもを産んでくれたことだけは彼女の深く感謝した。  あの時以降、私は恋愛なんてものを経験することもなく、天使の様に可愛らしい彼女との子を育ててきた。どうやら余命わずかだと分かった妻が、こっそり育てようとしていた私の子を私に託したかったらしい。  彼女とは恋愛らしい恋愛もなく、家族として過ごした期間も短いけれど、代わりに可愛くて天使のようなわが子を大切に育てようと決めていた。  そのまま大学を中退し、子供服『プリンセス』に就職した私に、子供服は天職だったらしい。 もし、私の子供に着せるなら、と考えた服が全て大ヒット。毎年、私の企画である『女の子は皆、プリンセス』をコンセプトにして作るドレスは、このクリスマス時期が一番売れている。もちろん、私も毎年買っていた。が。娘は今年で16歳になる。  子供服もとうに着られなくなってしまった。  だから、代わりに二人で過ごすクリスマスは、大切なものにしたかったのだけれど。 *** 「あれ? 言わなかったっけ? 今年は友達の家でクリスマス女子会するから私、居ないよ?」 美しく育った娘は、ピンク色のコートに身を包み、ばっちり化粧して姿見の前でポーズを取っている。 「ええええええ!? ねえ、そんなにかわいい服着て、本当にお友だち? デートじゃないの」   蝶のように鮮やかで美人であれと、胡蝶と名付けられた愛娘は、目の中にいれても痛くないほどの美女だ。だからこそ、悪い虫なんてつかないように大切に育ててきたのに。 「あはは、ごめんね。でもパパにはこれがあるから」 そう言って渡されたピンクのカードは、どうみてもデ○ヘルな、感じのピンク。 「あの、胡蝶ちゃん?」 「素敵なサンタさんから渡してって頼まれたの」  なんと。こんな可愛い娘にいかがわしいカードを渡すなんて一体だれだ。 「ぱ、パパはこんな、こん、こんなカードは」 「行ってきまーす」  話も聞かず飛び出す娘に、右手を伸ばした。 「パパ、待ってるから! 迎えにも行くから! ライン、既読にしてくれたら迎えに行く! 返事いらないから!」 「今日はむーり。パパもゆっくりしてね。料理は明日食べるから」  そのまま道路に飛び出すと、ナイスタイミングで来たバスに乗り込んだ。言ってくれたら、車で送ったのに。あまつさえ、自分の綺麗な顔を武器に、胡蝶ちゃんの友達に笑顔を振りまき、女子会に混ざりたかったのに。  ソファで、ピンクのエプロン姿でしくしく泣く私は、なんて可哀想なんだろう。  クリスマスケーキも買った。チキンも焼いた。コーンスープにカリカリのガーリックトーストも、今年はピザだって頼んだのに。  迎えに呼び出された時の為に、氷水で冷やしているワインは開けず、胡蝶ちゃん用のピンクの子供用シャンパンを開けてちびちびと飲み始める。 寂しい。 カサリと足元に落ちたピンクの魔の手。 私の心を癒すような温かい色をしていた。 ――本当に魔が差したんだ。 妻にも先立たれ、可愛い娘には遊びに行かれ、――デリヘルなんて、そんな、ちょっと、その、なんか、ね。ドキドキしてしまうじゃないか。

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