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第1話 『アンティークの王子様』①

 僕は水上龍一郎。職業は、一応物書き。  雀の涙ほどの霊感があって、ちょっとした不思議な体験をするものだから、それを糧に細々とオカルト小説を書いている。  売れ行きは、まぁ最近何とか食うには困らなくなったってとこかな。  今日する話は、アンティークの王子様の話。僕が男同士の初体験をした時の話なんだけど、聞いてみるかい?  その日、僕はいつものごとく部屋に籠りっきりで原稿と格闘してた。結構集中していたつもりなんだけど、なんだか首の後ろがチリチリする。視線を感じるんだ。  振り返ってみたけど――――誰もいない。  実はこんなことは、この部屋ではよくあることなんだ。  この部屋は方角が良くないとか何とかで、それなりに霊感のある人は長時間いると気分が悪くなるような部屋らしい。  僕の場合は逆。ちょっと歪んだようなところの方が、色んな感覚を味わえて、話のネタが湧きやすい。事故物件は家賃も安いし、霊の気配がして筆は進むしで、万々歳。暫く引っ越す予定はない。  で、首を傾げながら原稿に戻ったんだけど、どうもやっぱり気になる。僕はもう一度振り返った。  やっぱり違和感。  『物書きの割には』と言われる程度には人間の住処らしい部屋をじっと眺め渡して気が付いた。壁際に、昨日までは確かになかったと断言できる代物が、文字通り鎮座していた。違和感の正体はこれだ。  それは壁に背を付けて、足を投げ出した姿で座る人形だった。  おっかない市松人形だと思った?  違うんだ。すごくよくできたアンティークの西洋人形なんだ。僕は目が悪くて眼鏡をかけててもよく見えない方なんだけど、遠目にも風格があっていかにも高価そうな人形だった。  興味を惹かれた僕は机から離れて、その人形の前にしゃがみこんだ。人形の青いガラス玉の瞳が、僕と視線を合わせるように見上げていた。  大きさは、小さい女の子がよく持っている人形より、一回り大きいかな。ふわふわの金色の巻き毛がライオンみたいに恰好良くて、陶器でできた白いすべすべの頬には睫毛の陰が落ちてる。金色の眉もちゃんと植毛されていて、人間みたいだ。  衣装は中世の貴族風。白いシャツ、藍色の上着とベストには小さな金の縁飾りと釦、編みの細かいレースもついている。小さな手に白い手袋。白いズボンをはいた足先は革の長いブーツを履いていた。中世の王子様って雰囲気。  まるで人間をそのまま小さくしたみたいによくできていて、服の縫い目も分からないくらい精巧にできてた。あんまりにも見事だったから、僕は感心してその人形を両手で持ちあげた。 「あれ……?」  もっと軽いんだと思っていたんだけど、すごく重い。大きさからは想像できないくらい、その人形は重かった。持ち上がりはするけど、これを鞄に入れて歩こうとは思わないな。  僕は人形を元の壁際に戻して、記憶をたどった。  昨日から今日にかけてこの部屋に来たのは、宅配便のお兄さんを除けば担当者が二人だけ。しかもどっちの担当さんもこの部屋と相性が悪くて、気分が悪いって言って早々に帰ったはずだ。その時に置いていったのかな。  オカルト小説家なんてやってると、編集部経由でその手の代物が送られてくることもある。たまに部屋に変なものが増えていることはあるけど、僕は平気。燃やしますね、って一言声をかけて、紙袋に入れて燃えるゴミの日に出してしまう。それで祟られたことはない。  それを知ってて、処分に困るようなものを置いていかれたのかな。  僕はよっこいしょと言いながら、人形を目の高さまで持ち上げた。関節で曲がるようになってる人形は、持ち上げると自然と首が俯いて僕と視線を合わせてくる。微笑みを浮かべた顔は人間だったら相当の美少年だ。  あんまり精巧にできすぎていて、まるで魔法で人形にされた王子様だ。 「イケメンだね、王子様。呪いが解けて人間に戻れますように」  なんて言って、チュッてキスの音真似をした。原稿詰めで疲れた物書きの、ほんの冗談だったんだけど――――その途端、僕は誰かに殴られたみたいに、床にひっくり返っていた。  どすーん、と何か重たいものが胸の上に乗ってきて、突然のことに僕はちょっとしたパニックになった。眼鏡もすっ飛んでしまって見えやしない。  とりあえずこのままじゃ息ができなくて死んでしまう。体の上の荷物を退けなきゃと思って両手を伸ばすと、その手を誰かに捕まれた。 『〇××△!……△△□!』  僕はぽかんと口を開けて、たっぷり十秒くらいは固まってたと思う。  僕の体の上に落ちてきた荷物は、やたらガタイのいい金髪碧眼のイケメン外国人だった。何やらとっても嬉しそうに顔を真っ赤にして捲し立てるけど、僕には全く理解不能。  一体それが何語なんだって事よりも、もっと重要なことがあった。彼の身に着けている服だ。  まるで舞台衣装みたいな、白いたっぷりしたシャツに藍色のベストと上着。金の釦と金糸の刺繍。これって、あの人形そのものだ。 「嘘だろ……」  僕は溜息をついて目を閉じた。  ちょっとした怪奇現象には山ほど遭遇してきたけど、人形が人間に化けて出てきたのは初めてだ。頼む。誰か夢だって言って。原稿書きながら、机に突っ伏して居眠りしてるんだって、起こしてくれないかな。  現実逃避したかったけど、息苦しくてそれどころじゃない。いい加減にしろよ。いつまで人の体の上に乗ってるつもりだ。  抗議しようとするより、一瞬早く、重みが消えた。  そのままひょいと体が浮いたかと思うと、僕はお姫様抱っこされた上に、ベッドの上に下ろされた。 「わわわ、ちょ、ちょっと……ん!」  止めようと開けた口に、ヌルっと分厚い舌が潜り込んできた。  僕はびっくりしながら、圧し掛かる外国人を押しのけようとした。ところがこれがびくともしない。やせ型中背の僕の倍以上ある胸板は、物書きの細腕じゃどうにもならなかった。 「や……んッ」  しゃべろうとするけど、舌を吸われてうまくしゃべれない。視線で訴えようとしたら、吸い込まれそうな青い瞳とぶつかって、なんだか気恥ずかしくなってしまった。美形って間近で見ると迫力があって、平凡な僕は気後れしてしまう。  彼は荒い息を吐きながら、両腕で僕の全身を絡めとり、グイグイ体を押し付けてきた。 「……!」  太腿の辺りに、硬いものが当たった。こ、これは……! 「ぅ、わ!駄目!ダメダメダメ……!」  僕は死に物狂いで手足を振り回して、圧し掛かる彼との間に何とか空間を確保した。できるだけ怖い顔をして『NO!NO!』と繰り返す。言葉が通じなくても、とりあえず空気を読め!  僕の激しい拒絶に、彼は困ったような顔をして少し首をかしげた。くっそ!そんな顔までぴたりとはまってる。知らない人間が見たら、下半身おっ立ててるとはとても思えないような、見事な困惑顔だ。しかし、いつの間にか僕のシャツは胸まで捲り上げられて、ズボンもずらされかけていた。――――こいつ、ゲイだ。男前のくせして、ゲイだ。 「絶対、駄目だからな!」  両手で大きく×を作って威嚇したのち、僕はやっと確保した隙間から逃れ出ようと腹這いになった。途端、腰に腕が回って、ラフなズボンが下着ごとずり下ろされた! 「ちょ、ちょっと!!何すんだよ!!」  怒鳴ってもお構いなし。大きな手で腰を掴まれ、残る手が僕の急所に絡んできた。 「そこ、ちょ……ッ、あ……」  骨ばった長い指が、するりと僕のあそこに絡んできた。あそこって、ほら、ちん……の方ね。  先っぽに指先を当てながら、皮で擦るように扱かれると、こんな異常な状況なのに少し硬くなってきちゃった。お尻にチュッチュッてキスされながら優しく擦られると、ゾクゾクするような気持ちよさがある。しかもそれをしてるのは、あの人形みたいな超美形外国人のお兄さんで。 「あ……いや、だ……」  完全に勃起すると同時に、先っぽがちょっと濡れてきた。そのぬめりを使って鈴口周辺をクルクルクルって撫でられたら腰が揺れてしまう。僕が慣れてないってこともあるんだろうけど、すごく気持ちいい。 「あ……、んん……」  幹のところを擦りながら、先端をつつかれるうちに、自然と腰が上がってしまう。僕は喘ぎながら、一体どうしてこんなことになったんだっけと、振り返った。  そう、確か部屋の壁に見たこともないアンティークの西洋人形が置かれていて、それがあんまり綺麗でよくできてたから、思わず手に取ったんだった。それで、どうしたっけ。 「あ!……それ、そこは駄目……!」  ちょっと考え事をしていた隙に、お尻の穴に指が入ってきた。腰を引こうとしたけど、急所を掴まれていて逃げられやしない。舐めて濡らしたのか、さしたる抵抗もなく指が根元まで入ってきた。 「痛いよ……」  そう言ってみたけど、本当はそんなに痛くなかった。あらぬところに物が挟まってる異物感はあるけど、痛くはない。前を刺激しながら、後ろの指がゆっくり出し入れされる。あ……なんか、変な感じがする。むずむずして、射精しちゃいそう……。どうしよう、気持ちいい。  指の動きは少しずつ大胆になって、時々中で指を曲げて入り口を拡げようとしてくる。それは少し痛い。……と思って、ハッとなった。少し痛いとか言ってる場合じゃない。このままじっとしてたら、行きつくところはあのやたら硬くてゴリゴリしてたブツをここに突っ込まれるってことじゃないか!それは無理!絶対無理! 「――――人形に戻れ!」  僕は夢中で叫んだ。  人間に戻れますようにと僕が言って、人形が人間になったなら、人形に戻れと言えば戻るはずだ。  ありったけの念を込めて、僕は叫んだ。

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