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46*雪美眞白の幸せ*
幸せとはなんだろう。
陽だまりにまどろみながら、眞白はうとうとと考える。
大好きな、愛している夫がいて、可愛い子供たちがいる。毎日が平和で平穏で、これ以上何を望もうか。
「ママ、眠いの?」
成長期のほとんどを海外で過ごした子供たちは何度直しても眞白のことを「ママ」と呼びたがった。
本当の母親のことは「お母さん」と呼び、朔太郎のことは「兄さん」なのに、どうして僕だけ「ママ」呼びなんだろうと首を傾げた。
艶やかな黒髪の、天使かと見紛う容姿の双子の兄妹。朔太郎の腹違いの弟妹だったが、眞白を家に向かい入れたと同時に養子縁組をしたのだ。そこからすぐに海外に移住をして、穏やかな日々を過ごしていた。
子供たちはもう十六になる。
地元の高校に入学して、アルバムをめくりながらあんなに小さかったのになぁ、と思い出に浸ることも多くなった。眞白も、朔太郎も三十路間近だ。歳をとったなぁ。
「ママぁ、俺、将来ママと結婚したいなぁ」
「そんなのダメよ、ママは私と結婚するの」
わが子に好かれて嬉しくないわけがない。
兄の小望 と、妹の月夜 は、高校生にもなって眞白にべったりだ。二卵性双生児のふたりはとてもよく似ていて、性別をなくしてしまえばどっちがどっちか分からないほど。
声が違う。目の大きさ、喉仏、胸、肩幅。違うところはたくさんあるのに、ぱっと見て間違えてしまうくらい似ていた。
とっくに身長を超えてしまった小望が眞白の膝に頭を置いて、腰に腕を回して後ろから抱き着いてくる月夜。
小望には制服が汚れてしまうと言いたいし、月夜には女の子なんだから慎みを持ちなさいと言いたいが、なんだかんだくっつかれて嬉しい眞白はお小言を飲み込んでしまう。
「ねぇ、ママ、午後一緒に出かけようよ」
「さすが月夜。俺もそれ考えてた」
「私、駅前にできたっていうカフェに行きたいなぁ」
「ママもたまには外に出たほうが気分転換になるよ?」
「残念、ママは俺とイチャイチャする予定だ」と、低い声が聞こえる。
「――朔太郎。おかえりなさい」
「あぁ、ただいま」
質の良いブラックスーツに身を包んだ色男。目尻を下げて甘く微笑む。
かさついた大きな手のひらが眞白の頬を撫でた。あとで、ハンドクリームを塗ってあげよう。影が覆い被さり、触れるだけのキスをする。
どちらともない、舌先が唇を割ろうとした時。
「めっちゃ見せつけられてる。めっちゃ嫉妬されてるよ月夜」
「嫉妬する男は醜いのにね、小望」
茶々を入れる双子の声にピタリと動きを止め、自然と離れて行った朔太郎が恋惜しくて、人差し指をきゅっと握る。
ちょっとだけ、目を見開いた朔太郎は苦笑いをして黒髪を梳くように頭を撫でた。
一週間ほど、朔太郎は仕事で家を留守にしていた。
はじめのうちはよかった。三日、四日と過ごすうちにとても寒くて、隣にこの人がいないのが不思議だった。
待っている間もこの人が恋しくて仕方なかった。
子供たちの手前、外面を取り繕っても、要所要所でボロが出る。
腹違いとは言え、やっぱり朔太郎の弟妹なだけあり、観察眼に優れた双子は眞白の不調にすぐ気づいた。こうしてくっついて、眞白が寂しくないように、寒くないようにあっためてくれていた。
「夫婦の営みに茶々入れるんじゃねーよ」
「その前に、私たちのパパとママでしょー」
「……ったく、こういうときだけ"パパ"かよ」
そう言いながらも、朔太郎の表情は穏やかだ。
幸せだなあ、そう思う。
大好きな朔太郎がいる。可愛い小望と月夜がいる。
学生の頃には考えられなかった幸せだ。毎日が平和で平穏で、これ以上、何かを望んだら罰が当たってしまいそうだ。
「――幸せだなぁ、ぼく」
ぱち、と朔太郎と双子が目を瞬かせた。次いで、笑みに顔をほころばせた。
「俺も幸せだぞ」
「ずるーい! 俺だって幸せだよ! 月夜は?」
「ママも、パパも、小望も幸せなら、私だって幸せよ」
ツン、と頬を赤らめてそっぽを向いた月夜に笑みがこぼれる。
嗚呼、僕は今、毎日が幸せだ。
陽だまりに、目を細めた。
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