宮代と入れ違いで舞台裏から出る。マイクを握りしめて肺一杯に酸素を吸い込んだ。 　人前で話すのは苦手だ。一人心地に胸中で呟く。緊張で声が震えないように気をつけながら笑顔を振りまいた。 　舞台上はスポットライトが集中して、白く眩い光に目を細める。 『こんにちは！　ルール説明は生徒会会計の白乃瀬紅葉が担当しまぁす！　皆よぉーく聞いてねぇ！』 　声が裏返らなかったことに安心して、台本に目を落とし、次のセリフを言うためにまた空気を吸い込んだ。 「白乃瀬様ーっ！」などの言葉に混じって「抱かせろー！！」と聞こえてきたセリフに眉根を寄せる。 　求愛を華麗に流す紅葉の頭の中が、いつ言葉を噛むか不安でいっぱいなのを彼らは知らないだろう。否、会計親衛隊隊長だったらもしかすると見透かしているかもしれない。 『みんな元気だねぇ！　あと抱かせろ言ったやつは夜道に気をつけてくださぁーい！』 　チラリと見た舞台袖に見えた。 　生徒会とは反対の舞台袖に待機している風紀委員長が、満面の笑みと呼ぶにはいささか不穏をオーラを放っているのを。 　あまりに綺麗な笑顔に見惚れそうになったなんて言ってやらない。 『飽きちゃうかもしれないから簡単にいくよ。去年とは違って、今年は一日中ゲームが行われます。クラス委員長から説明があったよね。詳しい内容はまだ伝えられてないと思うけど、三年生の先輩方にとっては懐かしいんじゃないでしょうか！　今年はなんと！　綾瀬川学園敷地全土を使ったバトルロワイヤル風鬼ごっこを行いまぁーす！』 　ワァッと盛り上がる生徒に紅葉の笑みも深まった。 　にんまりと、童話に出てくるチェシャ猫の笑みに歪められた瞳と口角。独特の色気に会計親衛隊はさらに声を上げる。 　ルールは簡単。 　新入生(ウサギ)はゲーム終了時間まで在校生(オオカミ)から逃げ回る普通の鬼ごっこだ。 　ウサギは敷地内に隠されたトランプの入った宝箱を探し、オオカミはその邪魔をする。宝箱はジョーカーを抜いたトランプの数だけあり、トランプに書かれた数字がそのまま点数になる。総合十点以上集めたウサギにはご褒美として、学園側が叶えられる範疇のお願い事する権利が与えられる。 　ただし、邪魔をしに来たオオカミに捕まってしまった時点でウサギは脱落だ。 『さてここで、新入生の皆は事前に渡された水鉄砲は持ってきてるかなぁ？』 　持ってきてまーす！　と子供番組さながらのいい返事が帰ってきたことにクスクス喉で笑い、台本をめくった。 　ここからがバトルロワイヤルの醍醐味。 　ウサギだけに配られた水鉄砲。飛距離は三メートルほど。オオカミは体に少しでも水がかかってしまったら脱落だ。 　まるでアイドルのライブみたいな盛り上がり、興奮もテンションも最高潮。 　ルール説明の後に控えている生徒会長の激励でボルテージはさらに上がるだろう。 『大きな怪我や命に関わること以外ならなんでもオッケー！　校舎内に罠を張るも、タッグを組むも、自由に任せるよ。以上、ルール説明でしたぁ！　みんな頑張ってねー！』 　手を振りながら舞台袖にはければ、するりと神宮寺が出て行く。「あ」と耳を塞ごうとするも遅かった。 　宮代や紅葉が登場したときの比ではない奇声の嵐。 　男子校とは思えない甲高い黄色い声が耳にキーンと響き、鼓膜を揺らした。舞台裏にまで響き渡るそれに耳を抑えてしゃがみ込んでしまう。 　騒音攻撃に涙を滲ませながら、ちゃっかり耳栓を用意して平然と立っている宮代をジト目で見る。自慢げな微笑が返ってきた。普段クールビューティーでも、こういうところは子供っぽいんだよなぁ。 「お前ら、何してんだ」 　さっさと激励を終わらせてきた神宮寺がきょとんとしていた。 　舞台上では神原が歓迎会中の注意を促している。注意というより脅しに近い。 　丁寧な口調だが要約すれば「面倒だから問題起こすな」だ。 「会長おつー」 「こんぐらいで疲れねぇよ」 　しゃがみこんでいた紅葉の頭をぐしゃぐしゃと撫で回すその動作が、日之が来る前のものと同じように感じられて口元が緩んだ。 　軽口も早々に神宮寺は宮代の横に並ぶ。美男美女、といったところ。どっちも男だけど。 　ああして並んでいると、本当によく似合っている。絵にしたら両親衛隊が買い占めるのだろうなぁ。鑑賞用保存用使用用……恐ろしいことだ。 　二言三言言葉を交わし、司会のために舞台上へと出て行った宮代の背中に送る神宮寺の眼差しが、熱を帯びているように見えた。