20 / 52
20※
ありえない、と睨みつければ、楽しそうに首筋に顔を埋められる。ぢう、と痛みに顔を顰めるも、直ぐに下腹部に与えられる激しい刺激に息苦しさを覚えた。
ズボンごしにやんわりと触られ、涙が再び零れ落ちる。
「ほんとっ、勘弁して……!」
「だぁめ。安心してくださいよ会計様。可愛いがってさしあげますから」
いつも通りの声を装いながらも、恐怖が瞳の奥に滲み出す。何かの拍子に涙がぽろりとこぼれてしまいそうだ。
下着に指を引っ掛けられる。ひゅ、と喉の奥が音を鳴らしたその時。ガラリ、と。無遠慮にドアが開かれた。
「そこで何してんだ?」
薄暗い室内から、外に立っている声の姿は逆光で確認できない。
しかし、声の彼からは床に押さえつけられた紅葉と、覆い被さる生徒が見えているはずだ。羞恥心から顔を赤くするが、この際危機を脱せるならと、震える声帯から音を絞り出す。
「たっ、たす――」
「余計なこと言わないの」
しー、と口を塞がれ、声は喉奥に無理やり押し込まれ、覆い被るようにして隠される。
誰だかはわからない。でも、誰でもいい。誰でもいいから。
「何して、って……野暮なこと聞くなよ。見てわかんねーの? だぁいすきな恋人とイチャイチャしてんの」
誰が大好きな恋人だ! お前みたいな無礼者の恋人を持った記憶なんて一切無いんだが!
「んー!!」と否定の声を上げれば、手首を押さえる力が強くなる。これ、痕になってそう。悪目立ちしそうでげんなりした。
親衛隊の子達には見られたくないなぁ。きっと、あの子達は襲った犯人が誰か知ったならどんな手を使ってでも地獄を見せるだろう。
「でも、嫌がってるだろ!」
「……って、あぁ、誰かと思えば生徒会の皆々様に引っ付いてるオタクじゃん」
「オタクって言うなよ! 見た目で判断しちゃいけないんだぞ! 早くそこのやつ放せよ! 嫌がってるって言ってんだろ!!」
「もう、うっさいなぁ……合意の上だっつってんだろ」
苛立ちが声に混ざる。小さく舌を打つ音が聞こえた。
「会計様がその気ならぁ、何人か誘ってもいんだよ?」
抵抗をやめない紅葉の耳元でそっと、囁く。悪魔の囁きだ。このまま抵抗を続けるなら輪姦するぞ、と。
なんで自分がこんな目に合わなければいけないんだ。
会計役員ってだけで目立つし、こんなことなら内申点が良くなるからという理由だけで生徒会に入るんじゃなかった。来年は絶対に生徒会から抜けてやる。
足をどけられたかと思えば上半身を抱き抱えられ、ジャージの上着をまくり上げられる。
何よりも見ず知らずの生徒に肌を見せているという事実に絶えられない。
影で下半身緩男なんて不名誉なあだ名で呼ばれているのを知っているが、所詮は噂。女の子じゃあるまいし、下ネタに耐性はあるが童貞で、もちろん後ろの穴なんて使ったこともない処女。
「ほら、オレと愛し合おうねー」
口から手を離した彼の目は頷けと語っていて、きっと、これを逃したら、僕は逃げられない……!
「誰があんたと恋仲だよ!! 合意なんかじゃないっつーの!」
「なっ! あんたっ」
パニックに陥っているんだと、頭で理解しても脳で処理はできない。
喉が痛かったけど、今はそんなのどうでもいい。酸欠でチカチカする視界で、目の前の彼が手を振り上げるのが見えた。
あ、殴られる。
「あぶな――」
ガッシャン、という破壊音。
「正義の味方さんじょーう!」
「ぐぇっ!?」
否、零れかけていた涙が引っ込んだ。
変声期を迎えていない少年期特有の高い声が場の濁った空気を打ち消した。
入り口に立っていた生徒の体を吹き飛ばし、華麗に着地して現れた黒髪の美しい少年は紅葉を見つけると。
「紅葉せーんぱい。助けに来ちゃった」
ウインクとハートを撒き散らす美少年に、恐怖なんて忘れ去り、かつてないほどの頭痛を覚えた。
ともだちにシェアしよう!