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 広がっていく悪意に堪えきれず、つい口を挟んだ。日之が目を輝かせるけれど、彼の味方をするつもりもない。  悪い気が充満し始めた食堂がただ居心地が悪くて嫌だったのだ。 「日之君、親衛隊は僕の大切な友人なの。あんまり、そういった風に言わないでくれる?」 「なんでだよ……! 俺は紅葉のことを思って言ってるのに! こいつら、雅人たちに近づくなって俺のことイジメるんだ!! だから親衛隊は悪いヤツなんだよ!」  日之はそもそもが間違っている。  親衛隊とは守る者だ。愛しくて憧れの人を守り、悪意から遠ざける。生粋の親衛隊隊員――隊長や副隊長など役職が上に行けば行くほどその思いは強く、恋情を押し殺して愛しい人を守護する。 『愛しい人の愛しい人は守るべき存在』  暗黙の了解となっているそれは、たとえどんなに気に入らなかったとしても日之にも当てはまる。  制裁は、自分の感情をコントロールできずに爆発させてしまったり、どうしても相手が気に入らなかったりとしたときに起こってしまう。  関わりがある生徒会役員の親衛隊しか知らないが、どの親衛隊の隊長も個性的で、理解力もあり制裁など行うような人格者ではない。日之に対して行われる制裁は隊員の独断で行われるものだ。 「日之君のそういう態度が敵を作ってるのわかってる? 普通に日之君が会長たちと仲良くしてれば制裁なんて起こらないんだよぉ」 「意味わかんねぇよ! だって、親衛隊は悪いヤツだろ!? 俺はただ雅人たちと仲良くしてるだけなのに! 俺は雅人にも雪乃にも、みんなふさわしくないって言う!」  友達なのに! と地団駄を踏む日之は玩具を取り上げられた子供だった。  五月蝿いのも、子供も苦手だ。  どうやって宥めようかと頭を働かせるがいい案は浮かばず、この場を放棄してもいいだろうかと思考は転換して考えはじめてしまう。  紅葉自身が日之にたいした興味を持っていないから親衛隊も接触をしていなかっただけで、さきほどの様子では日之太陽を確実に敵と見做しただろう。  日之には迷惑している。なんたって生徒会の業務が滞っている。  会長と副会長は、こんなののどこに惚れたんだろう。  あの二人、結構な面食いで理想は高かったはずだが。 「紅葉はなんで親衛隊なんかと仲良くしてんだよ! 俺のほうがいいじゃん!」  聞こえてきた言葉に耳を疑った。  は? 食堂中の生徒がそんな顔をする。 「言ってる意味がわかんないんだけど」 「俺は! 愛されなきゃ! いけないんだよ!」 「えー……?」  自己中心的にも限度があると思うのだが。  地団駄を踏む日之は、構ってちゃん、愛されたがり――メンヘラ? 「紅葉もホントは俺のことが好きなんだろ! でも素直になれないから親衛隊とセ、セ、セ、セフレなんかなって、俺、ちゃんとわかってるから安心しろって!! 紅葉は寂しいんだろ! 怯えなくていんだぜ! だから人との間に壁なんか作んなくて大丈夫だ! 俺たち友達だろ!?」  胸の奥がすうっと冷えていく感覚に鳥肌が立つ。  これ以上、日之と向かい合っていたくないと、頭のどこかで警報が鳴り響いた。  これは駄目だ。いけない奴だ。 「……それ以上、喋らんといてよ」 「白乃瀬君?」  心に余裕がなくなってしまう。  友達ってなんだよ。  追い詰めて捕まえることが友達なのかよ。 「お前みたいなのに何が分かるん……愛されて当たり前ってアホちゃう? そないな甘ったれた考えの餓鬼に、僕のことが理解できるはず、ないやん」  取り繕う暇もない。  独り言のように呟く紅葉は誰が見たって異常だった。へらへらした笑顔は引き攣ったものに変わり、声は震えている。 『――貴方は継ぐのだから、友人とは甘えである。気を許してはならない。本心を見せてはならない。遊びとは堕落である。愛されることは罪である』  頭の中を『あの声』が駆け巡り、ずっとずっと深いところに意識を落としていく。  奥深くに根付いた教えであった。  幼い頃からの教えが消え去ることもなく精神から肉体までを支配している、大祖母様の教えだった。

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