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パンッと、場の異様な空気を切り替えるように手を鳴らす音が響き渡った。
「はい、そこまで」
いつの間に現れたのか、食堂の入り口に神原がいた。
落ち着いた雰囲気で、長い足を動かしこちらに歩いてくる神原を見て日之は視線をうろつかせてたじろぐ。
「大丈夫? 白ちゃん?」
茫然自失とした紅葉はゆるりと頬を撫でられるまま、琥珀色の瞳に神原を捕らえた。
柔らかな色を含んだ瞳に呆然とする紅葉を映し出す。
「神原さん?」
「そう、俺。大丈夫だよ。安心して。俺がなんとかしてあげる」
こくん、と頷けば「いい子、いい子」と頭を撫でられる。
柔らかな瞳が五月蝿く喚く日之を見た。
「会計と会計親衛隊と宇宙人が食堂で正面衝突しています!」と部下の風紀委員から連絡が回ってくる前から嫌な予感がしていた。
急いで食堂に行けば、嫌な予感は大当たり。
困惑する生徒たちと、牙を剥いた紅葉の親衛隊、癇癪を起こして喚くトラブルメーカーと、怯えた目で日之を見る紅葉。
思わず舌を打った。後ろをついてきた委員が肩を震わせた。
お気に入りの人形を傷つけ壊されたような苛立ちが内側を支配した。笑顔を浮かべているが、その内側は怒りで煮え滾っている。
白乃瀬紅葉は特にお気に入りだった。
「さっきも問題起こしたばっかだってのに、よくもまぁ次々と問題を起こせるよね」
「問題なんか起こしてねぇよ! なんで風璃はそんなヒドいことばっかり言うんだ!」
「酷いこと? 俺は当たり前のことしか言ってないけど」
「あ、わかった! 俺が紅葉とばっかり話すから、嫉妬したんだろ!?」
言葉の端に棘が滲む。
マトモな会話が出来ないのは分かっている。短く息を吐いて日之の後ろにいる生徒に言葉を投げた。
「こういうことが起こらないように、君たちに毬藻を預けたんだけどなァ。黒崎、坂巻」
「……俺だって、まさか太陽が会計様に話しかけに行くだなんて思ってなかったんですよ」
肩を竦めて言い訳をしたのは黒髪のほうだ。もう一人は眉間に皺を寄せて日之を見ている。
「でも、任されながらこんなことになったのは俺の責任です」
「そうだね。だから早くそのうっさいの回収してってくれる?」
「人使いが荒いなぁ……太陽、そろそろ行こう。飯食う時間なくなるぞ」
まだ騒いでいる日之の腕を掴み、反対の手で銀髪の腕を掴んで颯爽と食堂を出て行った。
その間も、日之の視線は紅葉に注がれており、面倒臭いことなったと溜め息を吐く。
「ねぇ水嶋ぁ」
「何?」
鋭い眼差しの水嶋は警戒心に満ち溢れ、今にも猛毒の牙で噛みつきそうだ。
理由は何にしろ、神原は白乃瀬親衛隊から警戒されている。
彼らは白乃瀬紅葉を守る。悪影響を与えるものがあれば、徹底的にそれを遠ざけた。
日之との接触が無さすぎたのも、親衛隊が裏で根回しをしていたから。
親衛隊がどうしても遠ざけられない『悪影響』、それが神原だった。
神原は特別枠に紅葉を入れて、紅葉もまた他とは違う扱いを神原にする。水嶋だけではない、隊員のほとんどが悪影響だと直感した。
離れるべきだと水嶋は言うが、紅葉は困った笑顔で「ごめんね」と言うばかり。
今だって、紅葉は神原に縋っている。
彼が頼りにするのはいつだって神原だ。『あの時』からずっと。
もし、『あの時』紅葉をはじめに見つけたのが水嶋だったら、今僕を一番に頼ってくれていただろうか。
「白ちゃんもらっていくよ?」
「わざわざ聞かないでよ。神原が憎くなる。……僕はお前と友人でいたいんだよ」
「……ははっ。そっか。白ちゃん、行こっか」
ぼんやりとその様子を見ていた紅葉は急に話しかけられて我に返ったと言うように目をぱちくりと瞬かせた。長い睫毛が震えて琥珀に影を落とす。
無言で頷いて、一瞬だけ迷う素振りを見せて水嶋と桜宮を見た。
「今度の、親衛隊会議に……」
まだ頭の中は混乱しており、うまく言葉が出てこなかったがそれだけでふたりには伝わったようだ。
柔らかい笑顔で「待ってるね」と返事をもらい、神原に手を引かれるまま紅葉は二階席へと姿を消していった。
「世界が白乃瀬君と僕だけになればいいのに」
同感でーす、と間延びした忌々しい後輩に胸中で呪いの言葉を吐き出した。
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