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 教室で一人、机に勉強道具を広げて黄昏ていた。  ひんやりする机に頬をくっつけ、シャープペンシルをカチカチさせて遊んでいれば、靴音がかすかに聞こえた。時間帯を考えれば風紀委員の見回りだろう。 「紅葉君見ーけった」  けらけらと笑いながら教室に入ってきた神原は前の席にゆったりと腰掛けた。 「なんだかお久しぶりですねぇ。神原いんちょー」 「ハイ久しぶりぃー。お勉強?」 「テスト勉強ですよぉ」 「紅葉君ほど勉強が似合わない子もいないよね。……にしてはノートがまっさらだけど」  勉強を始めてから二時間くらい経っているが、全くと言っていいほどやる気が湧かず、ノートは真っ白な状態。  端っこの方にはぐじゃぐじゃとミミズが這った文字が落書きされている。 「この落書き何?」 「祝詞(のりと)」 「……何故に祝詞チョイス」  パッと頭に浮かびあがるのが祝詞しかなかった。 「俺が特別に勉強教えてあげよっか」  キラッとウインクをした神原に苦笑を漏らす。  見回りの最中じゃなかったの? 肩を竦めた神原に頷いた。  校則も規律も甘いわりに、成績には意外と厳しい。自分のことは自分でやる。つまり授業にでないでテストで悪い点数を取ってもそれは自業自得、自己責任だ。 「何がわかんない?」 「英語ぜーんぶ」 「え、意外。英語とかバリバリできそうだけど」 「僕、純日本人だし。海外行く予定もないし、喋れなくていいと思うの」 「その言い分はできない人の言葉だわ」  英語とか国語と同じくらい簡単だけどなぁと仰る三年生主席のスパルタすぎる教え方に涙目になる。  どこがわからない? と問えば全部と答える紅葉に神原も困り気味だ。  それでも、基礎の基礎を教えなおせば、ゆっくりとなら自分自身で簡単な文章問題を解けるまで進歩した紅葉ににんまりと笑みを深める。 「なんとか赤点は免れそう!」 「テスト結果楽しみにしてるよ。……ところで、教えた俺になんかないの?」 「え、あ、ありがとうございました?」  綺麗な笑みを浮かべる神原には嫌な予感しかしない。 「僕にできることなら」と言いかけて、言葉に詰まった。  ちゅ、と目と鼻の先を掠めて、ふんわりと甘いにおいがした。  夕焼けにふたりの影が重なる。 「遅くならないうちに帰るんだよ」  にっこりと笑って、神原は見回りに戻っていく。 「……なんなんだよ、あの人」  残ったのは、夕焼けで顔を赤くした紅葉君だけだった。

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