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 手を握られて風紀室まで連行されて来てしまった。  紅葉は神原のお気に入りだ。全校生徒が知っていることだが、その中にはそれを良く思わない生徒もいる。  高校からの進学生にしてランキング上位からの生徒会入り。容姿端麗成績優秀、実家も申し分ない上級家庭。親衛隊は紅葉が入学してすぐに設立された。  神原にも風紀委員会に入る前は親衛隊があった、らしい。かなりの過激派で、風紀委員になったとたん解散を命じられたが、裏では今も当時の親衛隊員が神原に近づく生徒を制裁していると聞く。 「適当に座ってて。白金君と朔連れてくるから。田代君、紅葉君に飲み物出してあげて」  シンプルでかつ優雅な造りをしている風紀室はとても落ち着いた雰囲気だ。  入ってすぐにテーブルを挟んで三人掛けのソファが向かい合わせにある応接室と、その奥の扉をくぐった先にある委員室、さらに奥には仮眠室と取り調べ室がある。 「紅茶でよかったですか?」 「すぐに帰るから」 「そういうわけにもいかないんです。委員長の命令は絶対ですから」 「……じゃあ、紅茶をお願いするよぉ」  出た、委員長命の風紀委員会。  風紀委員、別名神原風璃の狗。統率のとれた動きと、あまりにも神原に従順すぎるその態度からそう呼ばれるようになっていた。  戻ってきた神原は借りてきた猫のようにおとなしく、キョロキョロ周りを見回している紅葉を不思議そうに見る。  ふたりに遠慮したのか紅茶を置いた風紀委員は神原に一言断って奥の委員室に行ってしまった。 「紅葉君」  真横に座ってきた神原の腕が腰に回り、密やかで官能的な艶を帯びた声で名前を囁かれる。  ぞわりと鳥肌が立った。 「……あの、神原さん? ちょっと、この体勢は」 「ほら紅葉君。前に言ったでしょ? 名前呼びしなきゃお仕置きしちゃうぞって」 「いや、でも、あれは冗談って!」  ずりずりと体重を押しかけられ、整った綺麗な顔から離れようとすればのけぞる格好になってしまう。  いつもと雰囲気の違う、甘えてくる神原に苦笑し、思考の端っこで「甘えたな風璃さん可愛い」とか思ってしまう。言葉と雰囲気に流されている気がしてならない。  肩に顎を乗せられているせいで、神原の低すぎない声が直に耳に響き渡り、そのたびに背筋が震えるような感覚に苛まれた。 「心配したんだ」 「……ご、めんなさい」 「俺、」 「……?」  急に黙り込んだ神原に首を傾げる。 「風璃さん?」  不安定に揺れる赤い瞳は真っ直ぐに白乃瀬を見つめていた。  綺麗で大きい手が頬を撫で、首筋、鎖骨へと滑っていく。 「紅葉君、すきだよ」  紡がれた言葉に目を見開き、息を呑んだ。 「どういうっ……!!」  その言葉の意味を問おうとした紅葉の声は、言わせないとばかりに露わになった首筋に噛みついた神原に食べられてしまう。  肉を裂く鋭い痛みに顔を顰め、小さな喘ぎが口から零れた。 「か、ざりさ……痛いって!」 「……ん」  一応声は聞こえているのか、ペロペロと傷口を舐め始めた神原に今度こそ紅葉は慌てた。  ぷつりと湧き出てくる血液を舌で舐めとり、尖った犬歯を傷口に突き立てるのだからたまったものじゃない。抉られるリアルな感覚に痛みが増して涙が頬を伝う。  マゾヒストではない紅葉が痛覚に性的快感や喜びを感じられるはずもなく、ただただ痛いという事実だけが残る。唾でもつけておけば治ると昔ながらによく言うが、これでは治るものも悪化する。  いっそマゾヒストだったら楽であったかもしれない。 「ぃ、やぁ……っ風璃さ、それ、いたっ痛いから……!」  服の上からでもわかるしっかりと筋肉のついた胸板を叩いて抗議をすれば、一瞬だけ赤い瞳が紅葉を写した。気づかない紅葉はポロポロと絶えず涙を流し、痛みに堪えた表情をしている。  わざとらしく水音を立てるように傷口を舐めて見せれば、羞恥に顔が真っ赤に染まった。  溜め息と、油断すると溢れそうになる声を我慢して、誰か助けが来るのを心の底から願った。  願いが届いたのか、扉を吹き飛ばす勢いで青空が現れた。腕には白金が抱きついて、否しがみついている。 「俺の白乃瀬誑かすな」 「青空ぁ! せっかくいいところだったのになんてことを!! でも嫉妬攻めうまい!!」  何とも言えない空気に溜め息を吐きたくなった。 「紅葉君、朔君も心配してたんだヨ」 「あー……ごめん、青空」 「キスさせてくれたら許す」 「お前歪みないな!」  近づいてくる青空に神原を盾にしていれば、白金が突然大声を出した。 「……グッジョブすぎるだろっ!! なにそれ、なにその若干押し倒されかかってる体勢!! さすが白乃瀬! 誰も委員長とフラグが立たないっていうか立てられないと思ってたけどさっすが白乃瀬!! お前ならやれると思ってた! 信じてた! 生で見れるとか腐のつくお姉さんお兄さんに申し訳ない!! 今なら空も飛べるぜ! できればそこからRのつく深夜な方向に行きませんか!? むしろイキませんか白乃瀬さん!? フラグハンターにしてフラグ建設者なお前ならできるよ、な!? そしたらビデオカメラ持参で見に行きますけどなにか! てか俺を心配させたんだからそれくらいしやがれ!! ――はぁ、はぁ……」  病気が落ち着くのを見計らい、新入生歓迎会で白金と別れた後になにがあったのかを簡潔かつ省略して説明をした。詳細を省けば、あきらかに不満な顔をされた。  納得してない白金がグチグチと言いながら白乃瀬の鎖骨の手当てをしてくれる。大人しく無言を貫いた。手当てとは言っても消毒して、大きな絆創膏を貼るだけなのでそれもすぐ終わる。  元凶の神原はと言えば仕事があるからと早々に奥へ引っ込んでしまった。  横顔が、どこか不安げだったのが気になった。

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