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第9話 ぼくらは自由になりたい

 鈴木さんに出してもらったお茶はすっかり冷めてしまった。すべてを話し終えて喉が渇いたぼくは、それを一気に飲み干し、少し噎せた。 「最初の面会の時、先に私の方から氷室さんに病院側の事情を話しておくべきだったわ。本当にごめんなさいね」 「いえ、いいんです。確かに初めは不思議な感じでした。優輔さんは自分を『雪成』と言って、僕を『優輔』だと呼ぶ。きっと兄の死を受け入れられなかったのでしょうね。なぜぼくを優輔と呼んだのかは、わかりませんが。でも慣れてしまえば、ぼくとしては最高の時間だったのです。かりそめの形でも……優輔さんとパートナーになれたのだから……」  そう。  ぼくは兄の死の悲しみよりも、優輔さんのパートナーでいられる喜びの方が勝っていたのだ。 「優輔さんの為なら、ぼくは何だってしてあげた。たとえ嘘を吐くことになっても、それが優輔さんの願いなら叶えてあげたいって思いました。ぼくは今日の外出の帰り、いっそこのまま逃げてしまおうかと本気で考えたんです。優輔さんは冗談だと思ったそうですが、ぼくは本気でした。ぼくらふたりで自由になりたかったんです……っ」  ぼくは机に突っ伏すようにして泣いた。周りの目なんか気にならなかった。  きっと優輔さんは面会室ですべてを思い出してしまったから、あんなパニックを起こしたんだ。つまり、もうぼくを、ぼくをパートナーとして見てくれない。ぼくは優輔さんのパートナーである雪成の弟でしかないんだ。  鈴木さんがティッシュを渡してくれたので、ぼくは涙を拭き、鼻をかんだ。 「優輔さんは今後どうなってしまうのでしょうか。またぼくは面会できますか?」  鈴木さんは視線を下げた。きっとそれは難しい事なんだろう。 「あくまで私の考えだけど、羽鳥さんの病状がさらに悪化したら隔離室に入ることになります。面会はもちろん、電話での会話も制限されるでしょう」 「……わかりました。でも、ぼくはずっと待ちます。これからも優輔さんをサポートしていきたい。たとえ何年かかろうとも。ぼくらはふたりで自由になるんです」  次に優輔さんと会える時には、ぼくは、ぼくのすべてを捧げるつもりだ。 「羽鳥さんは幸せね……うちの患者さんでは少ないのよ。待っててくれる存在がいる人の方が……。わかりました。では何か動きがあれば、氷室さん、あなたに連絡を入れますね」 「ありがとうございます、看護師さん」  話が落ち着いたところで、ぼくはそろそろお暇することにした。  ガラスの自動ドアが解錠され、ぼくは檻の外に出た。  ――ぼくが次にこの扉をくぐる時は、優輔さんを迎えに来る時だ。  何年経ったとしても、ぼくらはふたりで自由になるんだ。

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