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第1話

 生徒会室から程近い場所にある男子更衣室。室内は薄暗く、窓から射しこむ琥珀色の光でぼんやりと照らされていた。  この更衣室を使用しているのは主に生徒会役員だけど、彼らの姿は今はここにない。放課後は生徒会室で各々仕事をしているはずだ。あの人を除いたメンバーは、だけども。  静まり返った室内に設置されているスチール製の縦長いロッカーの中で、僕は小さく溜め息をつく。 「先輩、まだかなぁ……」  ロッカーは高校生男子の平均身長に若干足りないくらいの僕がなんとか入るくらいの大きさだ。まあ狭いし、埃っぽいし、なんだか汗臭いしでとても快適とはいいがたいけれど、僕はここにかれこれ三十分ほど隠れている。  なぜかと聞かれれば、とりあえずは僕の理想と夢のため、とだけ答えておこう。目的のためならこんな無理な体勢だって辛くない。  それにしても、そろそろあの人が戻ってきそうな頃合いなんだけど――。 「ん?」  ふと静寂の中にかすかな足音を拾う。こっちへ向かってきているそれに、あの人かもしれないと胸が高鳴った。そうこうしているあいだに更衣室のまえで足音がやみ、ガラリと引き戸が開かれる。 「ふう。だいぶ遅くなったな」  耳に届いた声に僕の予想は確信に変わる。ここからじゃ姿こそ確認できないけど、僕の待ちびとである秋吉先輩にまちがいない。  ぱしんと戸が閉まる音がして床を踏みしめる音が近づいてくると、すぐ側でロッカーの開く音が聴こえた。かなり近い距離に緊張からこくりと喉が鳴る。  ロッカーはL字に配置されていて、僕が身を潜めているのは秋吉先輩の姿が一番よく見えるロッカーだ。  ちなみに秋吉先輩のロッカーはあらかじめチェック済みである。ぬかりはない。  音をたてないよう慎重に空気穴から外のようすを窺えば、1メートルほど先に白と紺のバイカラーの体操着に身を包んだ秋吉先輩の横顔をみつけた。  秋吉先輩は平均を軽くこえる長身で肩幅は広く、所謂ソフトマッチョというのかな? ほどよく筋肉がついた逞しい体躯の持ち主だ。  さらに言うと同じ男でも憧れてしまうくらい野性的な男前で、学校指定の体操着姿すらもかっこいい。  これで学力重視の生徒会で生徒会長なんてものを務めるほど頭が良いというんだから、天は一部の人間には二物も三物も与えるらしい。  飛ばしていた意識を秋吉先輩に戻すと、先輩はスラックスに穿き替えていて、今はちょうど上着に手をかけているところだった。  秋吉先輩の大きな手が上着の裾を掴みゆっくりと持ちあげる様子を、僕は目をかっぴろげて凝視する。 「……っ」  体操着の下からうっすらと割れた腹直筋が覗き、そのあと現れた大胸筋のうえにぽつりぽつりと乗る桜色の粒。そのささやかな尖りこそ、僕が待ち望んでいたものだ。  秋吉先輩の生おっぱい!!  恋い焦がれてやまなかったその存在に胸が震え、鼻の奥が熱くなる。  先々月に行われた体育祭で応援のかけ声をあげた秋吉先輩のおっぱいにひとめぼれしてからというもの、この二ヶ月間僕は果敢にアプローチをくりかえした。  だけど秋吉先輩からはまったく相手にされず、むしろドン引きされ、僕から徹底的におっぱいを隠すという非道な行為にでられてしまったのだ。  しかし、隠されたくらいであきらめるような僕ではない。というか隠されて逆に燃えた。  それから作戦を練りにねって迎えたのが今日である。それまでは僕秘蔵の秋吉先輩(のおっぱい)の隠し撮り写真で凌いできたけど、やっぱり生おっぱいには敵わない。  寒さのせいかツンと尖っている可憐な桜色は乳輪も突起も慎ましやかなサイズで、僕の好みど真ん中だ。  どの角度から見ても美しい秋吉先輩のおっぱいを、こんな細い隙間から覗き見るしかできないことが悔やまれる。  間近でじっくりと観察したいし、その感触を確かめたいし、できることならあの粒を舐めて口と舌で堪能したい。  誰に変態と罵られようとも僕は秋吉先輩のおっぱいを愛している。  一瞬も逃すまいとまばたきすら惜しんでおっぱいに全神経を集中させていた僕だったけど、無情にも美しすぎる桜色のそこは白いカッターシャツに遮られてしまった。 「あ……っ!」  僕のおっぱいが!  名残惜しさについ口から本音がこぼれて、言ったあとでしまったと口を押さえる。けれど時すでに遅し。 「誰だ」  端正な顔がこっちを向いて低く大きな声がぴしゃりと部屋に響いた。  さあっと全身から血の気がひく。  まずいまずいと慌てているあいだにカッターシャツを羽織ったままの秋吉先輩が大股で近づいてきて、迷いなく僕が入っているロッカーの戸を開け放った。 「わっ!」  ずっと暗がりにいたせいで蛍光灯の光が眩しくて、開けられた瞬間僕は反射で目を閉じる。  ふたたび瞼を持ちあげればそこには盛大に顔をひきつらせた秋吉先輩がいた。 「…………篠岡、ここで何をしてる?」  彼の手に握られているロッカーの戸がめこりと嫌な音をたてた。怒りを抑えた低音に身の危険を感じた僕は、なんとかごまかそうと頭をコツンと叩いて舌をだしてみせた。 「てへ☆」 「……」 「あだっ!」 「殴られたいか?」  僕の行動はごまかすどころか火に油を注いでしまったらしく、すぐさま容赦のない鉄拳が飛んできた。昔の漫画で頭の上を星が舞う表現があったけど、あれを今体感した気がする。  ていうか秋吉先輩、手を出したあとにそれ聞くのおかしいよ。普通殴る前にいうセリフだよ。  

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