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クラスメートの立部(1)

   リビングのソファを陣取ってテレビを見ていると、ふいに視界を遮られた。 「――?」  誰だよ、と顔をあげれば犯人は妹の由衣。せっかく今いい場面なのにジャマしやがって。 「そこ退けよ見えねーだろ」 「テレビなんていつでも見れるし。それより兄貴に聞きたいことあんだけど」  睨みつけると由衣は十倍増しの鬼のような形相で応戦してきて、おれはデリケートな心臓を竦ませた。 「人にもの聞くのにでかい態度すんな……」  それでも兄のなけなしの威厳を守るため、小さく文句を口にすると。 「は? なに!?」  激しい剣幕で返されて、あっさり撃沈する。  くそ由衣のヤツ、いつからこんな恐ろしい女になったんだ。もうちょっとしとやかさを覚えないと、このままじゃ嫁の貰い手がないぞ。  心の中でぼやいたあと、気をとり直して本題を促す。 「で? なんだよ聞きたいことって」  さっさと用件を済ませてテレビの続きを見たい。  おれの問いかけに妹はころっと雰囲気を変化させると、そこに満面の笑顔を浮かべた。 「兄貴と立部さんってさ、おんなじクラスなんだよね?」 「たちべ?」  唐突に出された名前に首を捻ったけど、すぐにその名前の人物がクラスメートだと繋がる。  ああ……立部か。立部ね。  クラスメートの立部は妙に爽やかな笑顔の持ち主で、確か野球部に入ってるんだっけ? あれ? サッカーだったかも……? とにかく運動部に入っている。  そしてクラスの中心人物のひとりで、まあまあ目立つ男だ。  割りと大人しめのグループに所属しているおれは、立部がつるんでいるグループとはほとんど関り合いになることはない。まあ同じクラスだし、一言二言くらいは話したことがあるけど、滅多にしゃべらない。 「一緒だけど」 「グッジョブ兄貴っ」  胡散臭く思いながら答えると、由衣は瞳を爛々と輝かせ嬉しそうに親指をつき立ててきた。  ほんと、なんなんだこの女。 「それでおれと立部が同じクラスだったらなんなんだよ」  ろくな予感がしなかったけど、無視するのも恐ろしいので一応どういうことかを確認することにする。  すると興奮した由衣が両手を胸の前で組んで、うっとりとしながら声高に叫んだ。 「立部さん、もぉ、めっちゃくっちゃかっこいいよね!」 「そーかぁ?」  ええ……。そんなに興奮するほどかっこよかったっけ?  男の顔にはさして興味がないため記憶が曖昧だ。そこをなんとか辿って、立部の顔を思い浮かべる。  うーん。確かに整ってはいる気がする。イケメンかもしれない。けど取り立てて騒ぎたてるほどじゃないだろう。  そう結論づけると、由衣の瞳がギラリと不穏に揺らめいた。 「はぁ? 目ぇ腐ってんじゃない? 兄貴の百倍はイイ男でしょ」 「おい」  百は言いすぎじゃないか、流石に。  ちょっと地味かもしれないけど、おれだってまあまあ見れる顔をしている。女の子にはモテないし彼女ができたこともないけど、断じてブサメンではない。断じて。  必死に心の中で言い訳していると、由衣がそれはどうでもいいとばかりに話を終わらせる。 「ま、兄貴のことはどうでもいーよ」 「おい由衣」  超上から目線でのあんまりな言いぐさの数々。こいつは自分の兄貴をなんだと思っているのか。好き勝手言いやがって。 「彼女とかいんのかなぁ~。ねえちょっと聞いてきてよ」 「なんでだよ。自分で聞けよ……」  ご機嫌でそんなことを言われ、うんざりしながら断る。その後が怖いのはわかってるのに。おれのあほ。  案の定由衣の顔に嫌な笑みが浮かべられた。 「へっえー。じゃああたしが兄貴のクラスまで行ってもいいんだぁ? 楽しみだなぁ。立部さんに声かけるついでに他にイイ男いないか探してみるのも」 「よし、兄ちゃんに任せろ!」  なにか恐ろしいことを言いだした由衣の言葉を了承の言葉で遮る。クラスに来て男漁りなんてされてはとんでもない。それなら自分が面倒を引き受けた方がまだマシだった。 「はい決まりぃ」  即答したおれに由衣が小躍りする。  はしゃぐ妹を横目に見ながら、憂鬱から重たいため息を吐いた。  翌日。嫌々ながらも妹のお願いという名の命令をきくことになったおれは、立部に話しかけるタイミングを計っていた。  立部の周りは人が多い。今も四、五人があいつの机の周りを固めて騒いでいる。  もちろんおれにはあの中に割って入り、立部に彼女の有無を確認するなんて度胸はナイ。  二人きりで話すのも難しそうだけど、まず、まともに話した記憶もないようなやつ相手に、どうやってそこまで話題を持っていくかが問題だ。  くそぉ、由衣のやつ~っ。面倒なこと押しつけやがって。  心の中で文句を唱えながら立部をガン見していると、ふいにこちらに視線を向けたそいつと目があう。 「!」  立部はきょとんとした面持ちでこちらを見ると、にこっと満面の笑みを浮かべた。 「……ッ……」  それに、ドキッと心臓が大きく跳ね上がった。  う、わ……あ。  衝撃から数秒かけて立ち直ったおれは、ぎこちなく立部に笑い返す。それからお互い不自然でない具合に顔を逸らして、おれは机に向かい、立部は話の輪の中に溶けこんだ。  まさか立部がこっちを振り返るなんて思わなくて、驚いた……。  由衣が言った通り、立部はカッコイイのかもしれない。だってさっき、あいつの周りがすごくキラキラして見えた。  あの笑顔は反則だ。  その後も立部と話す機会を見つけられなくて、休み時間や授業の間もずっとどうしよう、どうやって話そう、と目的の人物を視界に収めながら悩んだ。  あんまり熱視線を送りすぎたせいか、二、三度ほど立部と目があって、その度に笑ってごまかすことを繰り返した。  あーもう。おれ絶対変なやつだと思われてる。  結局、その日は立部と話せないまま帰宅した。  

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