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クラスメートの立部(2)
「はあ!? 聞けなかった!?」
「悪かったって。――明日聞くし」
由衣に収穫がなかったことを伝えると、予想どおりというかなんというか雷が落ちた。
「もー役立たないんだから。明日は絶っ対聞いてきてよ! 絶っ対だかんねッ」
「あー……はいはい」
プリプリと腹をたてている自分勝手な妹を非難する気力すらなかったおれは、気のない相槌をうつ。
明日も聞けなかったら、由衣のやつブチギレそうだ。なんでおれこんな面倒くさいこと引き受けたんだろ。
けど引き受けたものはしょうがない。投げ出すのも体裁悪いし、由衣も怖いし、さっさと聞いてしまおう。
そう決意はしたんだけど――――。
「また、聞けなかったって?」
腕を胸の下で組んだ由衣が、ゆっくりと、けれどしっかりハッキリした調子で問いかけてくる。
それにびくびくしながらおれは自分の言い分を口にした。
「だって、あいつの周りいっつも誰かいんだよ」
「で?」
しかし由衣は、それがどうしたとばかりの態度で切り返してくる。
その目が、そんな些細な問題は無視してさっさと聞いてこいと語っている。
「……明日ハ絶対聞イテキマス」
「聞いてこなかったら、ベッドの下の本燃やすから」
ちょっと待て。なんでその存在を知られてんだ!? しかも燃やすって……っ!
由衣はやるといったらやる女だ。逆らえないおれは反論の言葉と涙をぐっと飲みこんだ。
由衣に頼み事をされてから、何度目かわからないくらい立部と視線が交差した。
特に今日はそれが顕著だったと思う。立部に目を向ける度に目があって、ヒヤリとした。
そしてやはりなんの進展もないまま迎えた放課後、おれは人気のない教室で意外な人物に呼び止められる。
「佐野」
「っ……!」
た、たち、立部。
まさか向こうから話しかけてくるとは思わなくて、ひどく狼狽えてしまう。
あ……もしかして文句言いにきたのか?
いくらなんでもこの三日間、立部のことガン見しすぎた。何度も目があってるんだから、向こうも確実に気がついてるはずだ。
「なに……?」
「佐野さぁ。最近よく俺のこと見てんよな」
きた!
「そ……そぉかー?」
できることなら誤魔化したいと、ダメもとですっとぼけてみる。
「うん。よく目、合うじゃん」
だめだ。やっぱバッレバレだった。
丁度いい機会だ、もういい加減腹を括ろう。これを逃したら確実におれの大事な本が燃やされる。ここで聞くしかない。
そう自分を奮いたたせると、思いきって話をきりだした。
「あっ……のさ!」
緊張して、思いのほか大きな声がでてしまう。
「おれ、立部に話があんだけど」
「……」
そこまで言って相手の反応をそろりと窺う。立部は無言のまま固まっていた。珍しく動揺した様子に、おれは首を傾げた。
「立部?」
「や、悪い。なに話って?」
名前を呼ぶとハッとしたようにこちらを見て、話の先を促してくる。どこか真剣なその表情を見つめながら、おれは話の続きを口にした。
「うん。あのな……その、変なこと聞くけど、立部って……カノジョ、いんの?」
すごい噛んじゃったけど、聞けた! 良かった! これでおれの大事なエロ本も燃やされなくて済む。
やり遂げたことへの達成感と安堵感からほっとため息をもらすと、それまで固まっていた立部が動いた。
「佐野」
真剣な声で名前を呼ばれる。
「へ?」
何事かと顔を上げた瞬間、ちゅっとかわいらしい音がすぐ近くで聞こえた。
いったい何が起こったのか、理解できないまま離れていく男の顔を凝視する。
え?
え?
唇に感じたふんわりとした感触。それを反芻して、雷に打たれたような衝撃が走る。
「ちょっ、はあ!? たちべ今なにして……っ」
くちびるを押さえてぷるぷる震えるおれに、立部は爽やかな笑顔を向けてきた。
「なにって、きす?」
「~~っきす? じゃないしっ。どういう理由でんなことしたんだって聞いてんの!」
「え? だって佐野、俺のことすきだよな」
「はあああ!?」
なぜおれが立部に恋してることになっている!?
許容範囲を超える展開に開いた口が塞がらず、軽いパニック状態に陥る。そんなおれをよそに、目の前の男はさらなる爆弾を投下した。
「俺も。なんか、お前のことすきみたい」
「……」
びっくりするほどのいい笑顔で告白された。呆然とするおれに、立部はさらなる追い打ちをかけてくる。
「両想い、な?」
首を傾げて、はにかみ笑う。
「~~っ、っ!」
あまりのことにおれは両手で口を押さえる。
やばいおれマジでおかしい。今一瞬、立部が可愛く見えた。
思考がおかしいと脳みそを左右に振ったあと、さらなる問題に気づき真っ青になる。
ちょっと待てよ。
つかこの場合、由衣になんて言ったらいいんだ……? お前の憧れの立部くんはおれがすきらしい? いやいやいや、んなこと言ったら頭イカレてんのかってぶん殴られるよ。
「へへ、なんか照れんな。とりあえず帰ろっか」
「お……おう」
立部の提案に動揺しながらも同意すると、机にさげていた鞄に手をかける。
「佐野って電車通学だよな」
「うん。立部もだっけ?」
「そぉそぉ。……じゃあしばらく一緒にいられんね」
「っ!」
さらりとそんなことを言われてドサリと鞄を取り落とす。
「な! な、なな……」
なんだコレなんだコレ信じらんない、立部はタラシだったのか。そんなはにかんで言うなし、こっちまで照れる!
ん? な……なるほど。もしかしたら女の子は、こういう仕草に母性本能をくすぐられるのかもしれない。
意識を別の方向へ必死で持っていこうとしていると、立部に鞄を手渡された。
「もー佐野なにやってんの? はい。じゃあ行こ」
「ちょぉっ!? たちべ!?」
そしてさりげなく反対の手をとられて、心臓がものすごい勢いで跳ね上がる。
し、しかも恋人つなぎって……恥ずかしぬ。
「どうかした?」
「……」
おれの顔を覗きこんできた立部の瞳にとらわれて、言わんとしていた言葉をのみこむ。
頬が焼けそうに熱い。
やばい。
あー……やばいかも。
どうやらおれも、この状況が満更じゃあないらしい。
とりあえず家に帰ったら、立部には恋人がいると由衣に伝えなくてはならない。
(おわり)
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