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クラスメートの佐野

*立部視点  最初にを感じたのは、朝一の授業が終わって迎えた休み時間。  これまでは他人から見られてもそれほど気にしたことがなかったのに、今回はちがった。思わず視線の持ち主を探してしまうほど、強烈な気配を感じたんだ。 「?」  だれ。  気になって振り返った先にいたのは、クラスメートの佐野の姿。それに俺は少なからず驚いた。  え? なんで?  佐野とはクラスメートという以外、まったく接点がない。つるんでる友人も被らないし、あっちは文化系でこっちは体育系と系統もちがう。  多分話したことはあるんだろうけど、それも個人的な話じゃなくて、提出物を集めるときとかに交わすひと言ふた言程度だ。  なのに佐野は、ひどく思いつめたような表情で俺を見つめていた。  ぱちりと瞬きをすると、佐野がびくりと肩を跳ねさせる。それからどこか怯えたように身を竦ませた。 「……」  自分では割りと人当りがいい方だと思っていたから、この反応に少しだけショックを受ける。  佐野は高くもなく低くもない身長で、標準的な体型なんだけど、このときはなぜだかあまり人馴れしていない小動物のように見えた。下手なことをしたら、さらに警戒心を強めてしまいそうだ。  怖がらせたことが申し訳なくなって、怖くないぞー、安心していいぞーと伝えるためににっこりと笑いかける。  すると佐野は目を瞠って固まってしまった。  え。俺なんか悪いことした……?  なにか間違ったのかと不安と緊張からドキドキしていると、強ばっていた佐野の身体からじわじわと力が抜けていく。  お? と目を瞠ると、佐野はもじもじとしたあと、あんまり笑い慣れてないんだろうなぁって感じの不器用な笑顔を浮かべた。  ちょっと不細工なその笑顔は、なんだか愛嬌があった。  よかった。  怖がらせたわけじゃ、なかったっぽい。  胸を撫でおろして前に向きなおる。そうして友人たちと顔を合わせてから、あれ? と首を傾げた。  それにしても佐野はなんで、あんな思いつめた様子で俺を見てたんだ?  ――佐野と目が合うことが多くなったのは、これ以降から。  なんとなく視線を感じると、相手は決まって佐野で。その度に佐野は誤魔化すように、ちょっとだけ不細工なあの笑顔をこちらに向けてくる。  俺と佐野のあいだにあるのはこの細やかなやりとりだけ。直接言葉を交わすようなことはない。  だけど多分、佐野はなにか俺に言いたいことがあるんじゃないかと思う。  なんなんだ?  その内佐野の方から話しかけてくれるのか?  待っていたら佐野側からアクションがあるだろう。そう高を括っていたら、あっという間に二日が過ぎてしまった。  二日が過ぎても佐野側からはなにもない。ってことは、佐野が俺に言いたいことがあると思ったのは勘違い?  いや……でもあれはなんでもないって雰囲気じゃないよな。切羽詰まっている感があるし。目が合うのも一度や二度じゃない。  なにか、言いたいことがあるけど言えない、とか?  もしかしたら躊躇われるほど深刻な話なのかもしれない。 「……」  佐野が俺に話したい深刻な内容――。  なんだろう。  熱心にこちらを見つめてくる佐野の姿を思い浮かべて頭を捻る。  今日も数えられないくらい視線を交わした。普通は用もないのにここまで見ることってないよな? これが恋する女子だっていうなら、好きな相手に熱視線を送ることもあるかもしれないけど。  そこまで考えて、ふいにひとつの仮定が頭を過る。  まさか――――。 「……いや、けどさすがにそれは……」  ない、よな。  うん。 「……」  いや、ないない。佐野も俺も男だし、そんなことはありえない。  思い浮かんだ仮定をバカな考えだと一蹴して、ふたたび考えこむ。 「いっそのこと、直接本人に聞いてみた方が早いのかも……?」  ぽつりとつぶやいて、俺は佐野に視線の意味を聞くことを決めた。  その日の放課後、さっそく行動に移した。  不思議そうに「帰らないのか」と声をかけてくる友人たちを見送って、佐野以外のクラスメートが教室からいなくなるのを待つ。  好都合なことに、今日の佐野はやけに時間をかけて帰り支度をしていたから、彼が鞄に荷物を詰めこんだタイミングを見計らい声をかけた。 「佐野」  名前を呼ぶと、佐野は驚いたように跳びあがる。  どうやら佐野は気が小さいみたいだ。ちょっとしたことでも驚いたり、怖がったりする。そんな佐野をあまり刺激しないよう気をつけながら、俺は佐野との距離を詰めた。   「なに……?」  オドオドと上目でこちらを見上げてくる佐野。不安げに揺れる瞳を見つめながら、俺はずっと気になっていたことを尋ねた。 「佐野さぁ。最近よく俺のこと見てんよな」 「そ……そぉかぁ?」  俺に指摘された佐野はひどく動揺するそぶりをみせたあと、引き攣った顔でそっぽを向いた。  ここにきてなんでもないと言い張る佐野が信じられない。  今日だって、ずっと物言いたげにこちらを見ていたのに。  この三日間はもう、佐野の視線の意味が気になって、その事ばかりに思考を占領されていた。絶対に逃がすもんかと謎の闘志が湧いてきて、俺は佐野の逃げ場を塞いだ。 「うん。よく目、合うじゃん」  なかったことになんてさせない。  自分でもよくわからないけど、佐野が俺に向ける視線の意味をどうしてもはっきりさせたかった。  吐いてもらうまで帰さないつもりで粘っていると、それまでそわそわと落ち着きのなかった佐野が、急になにかを決意したように顔をあげる。 「あっ……のさ! おれ、立部に話があんだけど」  佐野は確かに俺に言いたいことがあった。だから俺を見ていた。そのことがはっきりして、ぞくりと背筋に痺れが走る。  いや……だけどだからって、俺が想像したような内容で佐野が俺を見ていたのかはわからない。その確率はとても低いだろう。だけど。  期待するような、真実を知るのが怖いような、複雑な感情が胸の中に渦巻く。 「立部?」 「……や、悪い。なに話って?」  不思議そうな顔でこちらを見上げてくる佐野にハッとして、慌てて取り繕う。  すると佐野はぎゅうっと拳を握りしめながら、勇気をふり絞るようにして口を開いた。 「うん。あのな……」  佐野の声は震えている。  そんなに緊張するようなことをこれから話すのか。  まさか、ありえないと自分に何度も言い聞かせながら、だけど次に佐野から投げられた問いに、抑えが全部ふっとんだ。 「その、変なこと聞くけど、立部って……カノジョ、いんの?」  佐野に彼女の有無を聞かれた。  佐野は俺に恋人がいるかどうかがずっと知りたかったってこと? 「……っ……」    もしかして。  やっぱり佐野は俺のことが好きなんじゃないのか。 「佐野」 「へ?」  佐野は俺のことが好き。  それが確定事項だと判断すると、俺は感極まって佐野の小さなくちびるに自分のものを押し当てていた。ふんわりとした感触と、固まる佐野。  目を白黒させている佐野がかわいい。 「ちょっ、はあ!? たちべ今なにして……っ」  顔を離すと、状況を飲みこんだらしい佐野が叫び声をあげる。照れているんだろうか。ぷるぷる震えてるのが面白くてかわいい。  やばい。 「なにって、きす?」  さらりと返すと、佐野が信じられないという顔をする。 「~~っきす? じゃないしっ。どういう理由でんなことしたんだって聞いてんの!」 「え? だって佐野、俺のことすきだよな」 「はあああ!?」  気持ちを指摘すると、佐野は驚くほど大きな声をあげた。動揺する佐野を微笑ましく思いながら、俺はさっき自覚したばかりの気持ちを伝えた。 「俺も。なんか、お前のことすきみたい」  ずっともやもやしていた理由がわかってすっきりする。  自分でも、なんでこんなに佐野のことが気になるんだろうってずっと疑問だったんだ。 「両想い、な?」 「~~っ、っ!」  嬉しい。佐野と両想い。  くすぐったくって幸せな気分で、胸がいっぱいになる。顔が緩んで元に戻らなくて、ずっとへらへらと笑ってしまう。  佐野のことまだ全然知らないのに不思議だ。  けど、これからたくさん知っていけたらいい。まずは二人きりの初めての下校からはじめよう。  手を繋ぐと、佐野は真っ赤になって泣きそうな顔をした。 「――っ」  かわいくてもう一度きすをしたくなったけど、最初からあんまりがっついて佐野に嫌われるのが怖かったから我慢をする。  早く、怖がりな佐野が俺になれてくれればいい。  そう考えて、絡みあった指に少しだけ力をこめた。 (おわり)

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