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第6話
三分もすると『タイターニア』はサンルームにやって来た。
『タイターニア』はビジューの散りばめられたベレー帽の様な形の真っ白なニット帽をふんわりと斜めに被り、同じ生地のやはり真っ白なチューブトップにスリットの入った真っ白なホットパンツ、臍にはダイヤモンドのピアス、そして真っ白なブーツは膝上まであり、その中から黒いソックスが太腿の上まで見えている姿で現れた。
『タイターニア』が動く度、首に1周巻かれた腰まである真っ白でビジューの散りばめられた長いマフラーがふわふわと舞う。
燦々と太陽の光を浴びて、クリスマスの飾りで彩られた緑の中、真っ白な服に身を包む『タイターニア』は可憐で美しい。
ホレイショは一瞬見蕩れ、直ぐに平静に戻った。
『タイターニア』はそんな姿とは真逆に、しかめっ面をして「ロウィーナ、何だよ?衣装合わせするんじゃ無かったのかよ?」と不機嫌丸出しだ。
「急な仕事よ、タイターニア。
とても大切な、ね。
ケイン警部補があんたと話がしたいんですって」
「何の?」
「私は知らないわ。
でも報酬もきちんと支払って下さるわ。
1時間話をするだけで100ドルよ。
さあ、座って」
ロウィーナが立ち上がり、椅子を指で差す。
『タイターニア』がどかっと椅子に座る。
ロウィーナは「ケイン警部補、では1時間後に迎えを寄越しますわ」と言って、館の奥に去って行った。
『タイターニア』がジロッと横目でホレイショを見る。
ホレイショが『タイターニア』に向かって、すっとテーブルに100ドル札を置く。
『タイターニア』が可笑しそうにふふっと笑う。
「あんたさあ…ケイン警部補だっけ?
刑事なら金なんか払わなくてもいいんじゃねぇの?」
「今は君と対等に話したい」
「変なヤツ!」
『タイターニア』はそう言い放つと、100ドル札を指先で掴み、するりとパンツのポケットらしき場所に仕舞うと、頬杖をついた。
「まずお礼を言わなきゃな。
昨日はキスしてくれてサンキュ!」
「君は見せつけたかったんだろう?
ミッチェル・ボーンに。
諦めさせる為か?」
『タイターニア』が目を見開く。
「……何でボーンを知ってんだよ?」
「君とキスしている最中に車が急発進して行った。
ナンバープレートを見て、ナンバーを覚えた。
そして署に戻って検索に掛けたら、あの白いメルセデスはミッチェル・ボーンの物だと分かった。
君はボーンにストーキングされているのか?」
『タイターニア』がブスッと答える。
「……別に」
「じゃあなぜ私にキスを強請った?」
途端に『タイターニア』が真っ赤になった。
マフラーの巻かれた首まで真っ赤だ。
「強請ったって言い草はねぇだろ!
あれは…緊急事態だったから…!」
「つまりボーンが見ていたのを君は知っていて私にキ…」
『タイターニア』の右手がパッとホレイショの口を抑える。
「あんた、デリカシーってもんがねぇのかよ!?
いかにもモテますって顔してて!
分かったよ!
キスのことは話すから…ねねね強請ったとか言うなよ!」
ホレイショがそっと『タイターニア』の右の手の平を掴むと、『タイターニア』がパッと手を引いた。
『タイターニア』はまだ赤い顔をしながら話し出した。
「…ボーンは客だよ。
お得意様で、必ず火曜と金曜に来る。
ボーンは良い奴だよ。
金に糸目はつけないし、俺が…まあ俺達ディープ・ショーに出てるヤツらが嫌がりそうなことも要求して来ないし。
でも半年くらい前からおかしくなった」
そこで『タイターニア』は長い睫毛を伏せた。
「どうせ言っても信じてもらえないだろうけど」
「私は信じる。
話して」
ホレイショがそう即答すると、『タイターニア』はホレイショを上目遣いで見て、話を続けた。
「なんて言うか…見た目はボーンなんだ。
だけど何かが違う…。
それから普通のボーンとおかしなボーンが入れ替わってやって来るようになって…。
ボーンは元々俺にしか興味が無かったけど、それがどんどんエスカレートした感じになっていったんだ」
「執着?」
「そう!
執着してくるんだよ、凄く!
昨日はオフだったから、シェアハウスしてる友達と出掛ける約束してて、友達のやってるレストランに行く途中でボーンに声を掛けられた。
何処かに行くなら送って行くって。
でもボーンは普通のボーンじゃ無かった。
おかしな方のボーンだったから、通りすがりのタクシーに飛び乗ってここに向かった。
ここに来ればキャスに追い払って貰えると思って。
だけどボーンはしつこく追ってきた。
そしたらあんたの車が見えた。
あんたもだ。
だからあんたに…その…キスしてもらって…ボーンが諦めてくれればいいと思って…。
それにあんただったら、おかしな方のボーンに嫉妬されても、刑事だから安全だと思って…ごめん…」
ホレイショがフッと笑う。
「なぜ、謝る?」
「だって…!
俺…男のストリッパーだぜ!?
そんな奴とキスするなんて嫌だっただろ?」
「合法ならば職業は問題無い。
性別も私は気にしない」
「それに…危険があるかもしれないって言わなかった!」
「緊急事態だったからだろう?」
『タイターニア』が両手をぎゅっと握って膝に置き、俯く。
「タイターニア、上を向け」
「…嫌だ…」
ホレイショが『タイターニア』の素肌が剥き出しの両肩をそっと掴む。
「タイターニア、ボーンは本当に危険なのかもしれない。
私は君を守りたい。
だから話を良く聞いて欲しい」
『タイターニア』が小さく頷く。
「ボーンはショーの最中、君に何を要求する?
彼にとって一番の拘りは何だ?」
『タイターニア』が「…制服…」と呟く。
「昨日の昼間、着ていたような?
中学生か高校生のような、か?」
「…うん。
俺の制服姿って評判の良いんだ…。
ショーのライトやメイクのせいだと思うんだけど、本物の学生に見えるらしくてさ。
一度その格好でボーンの前に出たら、次からずっと制服を着てくれって言われて…色んな制服を着てる」
「半年前からか?」
『タイターニア』がパッと顔を上げる。
「そう!」
ホレイショの胸がズキッと痛む。
『タイターニア』のヘイゼルグリーンの瞳には涙が浮かんでいて、今にも溢れんばかりだったからだ。
ホレイショがやさしく語りかける。
「タイターニア、良く聞け。
これからもボーンが客として来ても、今迄通り接するんだ。
態度を変えてヤツを刺激するな。
ロウィーナ・スペンサーにも頼んでおく。
だが危険だと思ったら迷わず逃げろ。
そして俺に連絡しろ。
夜中でも構わない。
必ず助けに行く」
ホレイショが『タイターニア』の肩から手を外し、内ポケットから名刺を取り出し、テーブルに置く。
『タイターニア』が震える指先で名刺を掴もうとして、果たせず、名刺が空を舞う。
ホレイショが再度名刺を取り出そうとした瞬間、『タイターニア』がホレイショに抱きついた。
甘い香りがホレイショを包む。
「タイターニア?
どうした?」
「あんたは俺を知らないから…。
みっともない格好して…ディープ・ショーなんかに出てる俺を…。
あんたが俺を守る価値なんてねぇよ」
『タイターニア』の震える声。
ホレイショの首筋が濡れる。
ホレイショが低く、だが力強く宣告する。
「ディーン。
君は自分を分かっていない。
君は価値ある人間だ」
「…俺は『タイターニア』だよ…」
「私はディーンに話しているんだ。
さっき言ったことを必ず守れ。
そして困ったことがあれば、いつでも俺を呼べ。
いいな?」
ディーンが小さく「…うん…」と返事をした。
ロウィーナが円筒型のガラスケースの中の赤い薔薇を天に掲げて、くるくると舞い踊る。
「チャーリー見なさいよ!
薔薇の蕾がまた膨らんだわ!
ホレイショ・ケインの運命の相手はやっぱりディーンだったのよ~!」
チャーリーがうんざりしながらパソコンから顔を上げる。
「はいはい。
もう一万回聞いたわよ。
あんまり回ってると躓くよ、いい歳なんだから」
ロウィーナがフンと鼻を鳴らし、テーブルの上に慎重に赤い薔薇を置く。
「あんたみたいなデジタル人間にロマンを求めた私が馬鹿だったわ!
あ~なんて素敵なの…とうとうホレイショ・ケインが愛に目覚めたのよ!
それにディーンも!
真実の愛よ!」
「でもさあ…」
チャーリーがマグカップのコーヒーをグビッと飲むと言った。
「ホレイショ・ケインが愛に目覚めるのは良いと思うよ?私も。
孤高の『ケイン警部補』が本当の意味で『幸せ』になるんだから。
だけどディーンが真実の愛に目覚めて大丈夫なの?
封印した記憶はどうなるの?」
「シッ!」
ロウィーナが鋭い目をして周りを見渡す。
「それはあんたと私とベニーしか知らない秘密よ!
軽々しく口にしなさんな!」
「でもこの別館もロウィーナの自宅の屋敷と同じ、悪魔も天使も怪物も賢人もロウィーナ以外の魔女も入れないんでしょ?
それにここのセキュリティシステムは私が一から作り直したのよ?
窓を開けて話してたって盗聴も出来ないわ」
「用心に越したことはないのよ、チャーリー。
私はそうやって生き抜いてここまで来た。
それよりも!」
ロウィーナが忌々しげに腕を組む。
「問題はミッチェル・ボーンよね…。
私のまじないではホレイショ・ケインの捜査の手伝いは出来ない。
ホレイショ・ケインの信念に反することは、フロリダ州ではこの私でさえ出来ないからね。
ホレイショ・ケインなら犯人を実力で逮捕するだろうけど、このままじゃ何にしてもまだまだ犠牲が伴うわ」
「キャスに協力してもらうのは?」
ロウィーナがくわっと目を見開き、チャーリーを睨み付ける。
「キャスですって!?
あの馬鹿が!
キャスは稀に見る天使で、フロリダ州でもほんのすこーーーしだけ天使の恩寵を使えるけれど、あれだけ注意したにも関わらず、嫉妬に狂ってホレイショ・ケインの腕を『本気で』掴んだのよ!
その結果どうなった?
ホレイショ・ケインは無傷で自分が火傷してるんだから!
冷静に行動出来ないヤツは使えないわ!」
チャーリーがうんうんと頷き、ニンマリと笑う。
「何よ?」
「真っ直ぐ目を見て母親にも嘘をつけるヤツなら、どう?」
「そりゃあ使えるでしょうね。
で、誰かいるの?」
「ロウィーナこそ、どう?
息子の目を真っ直ぐ見て嘘をつける?」
ロウィーナがホホホと高笑いをして、「拷問だって出来るわよ!」と言ってウィンクした。
ホレイショがマイアミデイド署の駐車場にハマーを停めて駐車場から出ようとすると、トリップの乗るセダンがホレイショの横で停まった。
ホレイショが立ち止まると窓が下がり、トリップが「よう」と言って顔を出す。
「トリップ、聞き込みか?」
「ああ。
一件目の事件から洗い直してた。
まだ目撃者が覚えているうちが勝負だからな。
それで些細な事なんだが気になる点を見付けた。
お前の方はどうだ?
カリーによるとボーンの動機に心当たりがあるらしいが」
「取り敢えずロウィーナ・スペンサーの協力を取り付けた。
詳しくは俺の…」
すると言葉の途中でホレイショがサングラスを外し、素早く振り返った。
15メートル程先に、きちんとした身なりの、眼鏡を掛けた初老の男性が立っていた。
ビジューが輝く真っ白な長いマフラーを持って。
その男は小刻みに身体を震わせている。
そして身体同様、震えた声で言った。
「ホレイショ・ケイン…動くな…これは…警告だ…」
男が言葉を切り、上着の前を開ける。
男は爆弾ベストを着ていた。
トリップが無線を掴み、即座に車から降りる。
男は滂沱の涙を流しながら、また話し出す。
「俺は…続ける…。
続ける…。
続ける…。
その時…俺の…力は満ち…女王は俺と共に…人生を…歩むだろう…。
俺と共に…永遠に…」
微かなカチリと言う音。
次の瞬間、爆音が轟き、同時に炎が立ち上がり、爆風が吹きすさんだ。
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