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第7話 2月1日(土) 分からない男
俺の狙い通り犬谷の独壇場だった。
第4クウォーターももう終盤。グリップの良いバッシュの靴底が体育館の床を擦る音、ボールをパスしたりドリブルをする音に合わせてミント色のユニフォームを着た犬谷が駆け抜ける。
『あ、その場所』
あの得意なポジションで犬谷がショットのモーションに入る。
相手の背番号6番が犬谷の腕に接触するが、パスッと犬谷のあのシュートを決めた音が、騒がしい体育館の中でもよく響いた。次いで審判がファウルとフリースローのハンドサインをする。
「犬谷くぅ~ん! こっち見てぇ~!」
途端にキャアキャアと黄色い声援が響くここはコンサート会場じゃない。ただの体育館だ。
そして今は他校の奴らと絶賛交流試合の真っ最中である。
「くっそ、どいつもこいつも犬谷犬谷うるせぇな……」
交流試合の時は毎度おなじみの光景ではあるが、イライラする。
俺たちはバスケをしているんだ。
俺がボソボソとコートの中でぼやいていると、吉田が照れたように笑いながら話しかけてきた。
「鳶坂先輩ダメですよ、妬いちゃあ」
「アァ? 妬いてねぇよ。集中しろや吉田」
「でもほら、普段よりは少し大人しいじゃないですか。やっぱり女の子たちも鳶坂先輩のこと気を遣ってるんですよ」
オエ、と吐くジェスチャーをしてみせると、吉田はまた笑った。
「んだよ、吉田ァ。試合中に余裕そうじゃねぇか」
「いえっ! すみません!」
「今日あと1本必死こいてシュート入れろ」
「え、でもこのままいけば絶対勝ちますよ」
ちらりとゲームクロックを見る。87-48、残り2分を切っている。確かにこのままなら、勝つだろう。でもこれで満足するのはダメだ。
「9割犬谷のシュートで残りは俺だろうが。それに甘えんな。全力出せ!」
「は、はいっ!」
俺がそう言っている間にも犬谷はニコリともせずフリースローのシュートを決めていた。ゲームクロックは88-48に変わった。
今年初めての交流試合は圧勝だった。今日のスコア表を見ながら部誌を書いていく。
圧勝、ではあるが、まだ足りない。これではインターハイ出場が叶ったとしても1回戦負けしてしまう。
全員が犬谷のレベルに追いつかなければいけない。
犬谷と言えば、今日の犬谷への声援はうるさかった。あれで集中力削がれてシュート外したらどうしてくれるんだ。引退した先輩たちもそんな気持ちでいたんだろうか。
「マジ交流試合うちでやると集中できねえ。わぁきゃあうるせえんだよ女子め」
ぼやいていると長机の向かいに犬谷が座る。犬谷がじっと俺をみてくるので睨み返す。
「ンだよ」
「別に」
なんだか楽しそうにしている犬谷にイラっとする。俺は残りの項目を書き進め部誌を棚に戻した。
「ほら、帰るぞ」
「……鳶坂」
犬谷の低い声にキスされると感じた。慌てて犬谷のキスを静止すると、不服そうな犬谷と目が合う。
「なんで?」
「ちゃんと、自分から後輩にアドバイスとか、話したりするなら、してもいい」
この無愛想男にそんなことはできないだろう。イコール、キスもできない。我ながらよく考えたと思う。
「……それしたら、いいのか?」
「おう……んっ?!」
犬谷が唇に噛みつくようにキスをしてきた。唇に犬谷の歯が当たる。
「すれば、いいんだろ?」
「だけどちょ、まっ……んん、んあっ」
そのまま唇を割られて犬谷の舌が入り込む。
昨日も思ったことだが、このキスはまずい。腰がどろりと溶けるようなキスだ。
唇の隙間から漏れる吐息が熱い。
「勃ってる……」
「う、ひっ?!」
制服の上から犬谷の手が俺のゆるく大きくなったそこに触れた。人に触られる感覚ってこんなに自分と違う快感を呼ぶ。
冷たい部室の床に尻もちをつく。
「あ、ちょ……っ?!」
犬谷が俺のズボンのベルトをカチャカチャと外していく。
「おい、おい……! 犬谷!」
「大丈夫、舐めるだけだから」
犬谷はそう言って俺のズボンとパンツをずるりと引きずり下ろしてくる。緩く勃ち上がっている俺のソレが外気に触れる。絶対大丈夫じゃないだろ。
「いや、待てって……汗! ほら、汗かいてっし!」
「鳶坂のなら、いい」
俺がよくない。そう言おうとした瞬間、犬谷が俺のそれを口に入れた。
「ひぅえっ?!」
信じられないような声が出た。俺の股間部分に犬谷の黒くてストンとした髪がある。
犬谷はムカつくが、きれいな顔をしている。そりゃ女子にもモテると、本当は分かってる。
ぐちゅぐちゅと、犬谷の唾液と、多分俺から出ている先走りが混ざったような音が聞こえる。交際経験ゼロの俺は、もちろんこういうことをされたことがない。気持ちいい。
「ちょ、マジで……犬谷、も、ヤバいって……」
俺のソレに舌を這わせている犬谷と目が合う。
「出せよ」
そう言って犬谷が笑った。
「う……ううっ、んんっ!」
そこからはもうあっけなく、イッた。犬谷の口の中で、盛大に。呆然としている俺に犬谷は「トイレ」とだけ言って部室を出た。
部室にはまだ犬谷のカバンがある。待ってろ、ということだろう。
「一緒に帰るの、気まず……」
犬谷にフェラチオされたということよりも、犬谷にイカされたということのほうが衝撃だった。
「なんだよ俺……相手犬谷だぜ?」
股間が寒い。俺はひとまず引きずり下ろされたズボンを穿いて犬谷を待った。
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