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第8話 2月2日(日) デストロイヤー
到着した部室には誰もいなかった。
昨夜のことを思い出すと、何とも言えない気持ちになる。そしてなんとなく臭い気もする。俺は慌てて部室の窓を開けて換気をした。風に乗って雪が部室の中に入ってくるが昨夜の痕跡を少しでも消したい。
俺は犬谷と付き合ってないけど、犬谷は俺と付き合ってる。身から出た錆とはよく言ったもんだ。
好きか嫌いかで言うと、悪くない。でもそれは恋ではない気がする。からだが感じる気持ちよさに負けているような、そんな感じだ。
このままではよくない。それは分かってる。でももう後には引けないところまで着てしまっているのだ。
「お疲れ~って寒っ!! おい俊希、なに窓開けっぱにしてんだよ!」
同じ2年の高木が珍しく早くやってきた。高木は慌てて中に入って窓を閉める。
「……空気の入れ替えだ。風邪予防」
「逆に風邪引くだろ。お前犬谷と付き合いだして頭おかしくなったんじゃねぇの?」
「違ぇわ、まともだわ」
そんな話をしていると続々と部室に部員が集まる。
1週間後に学年末テストが控えた今日は、テスト前最後の練習日だ。
普段よりはのんびりと、各々目標を決めた練習をしているところに、バンッというバックボードが割れたんじゃないかという音が体育館に響いた。
あまりに大きな音に俺は手を止めて音の方向を見る。バックボードは割れていない。単純にボールの当たった音のようだ。
どうやらスリーポイントシュートの練習をしていたらしい1年の悔しそうな顔と、それをはやしたてる他の1年たちが騒いでいた。
とはいえ俺もスリーポイントシュートは不得意である。アドバイスというアドバイスもできない。
声だけでもかけようとそばへ行こうとすると、俺よりも早く犬谷が1年のそばへ向かっていた。
「おい、1年」
「ひゃいっ!」
普段誰にも自分から話しかけない犬谷から急に話しかけられた1年は驚いた様子で声が裏返っていた。
「……もっと、こう」
手首をくいっとやって1年に見せる。
「えっと、こう、ですか?」
同じように1年がジェスチャーすると犬谷は「ん、」と頷いてゴール近くに転がっているボールをあごでしゃくる。
1年は慌ててそのボールを拾いに行き、ジェスチャーの通りにもう一度挑戦する。
ボールはガシャンと音を立ててリングに当たりボールが弾き飛ばされる。それでもさっきよりは惜しいところまできていた。
「あ、ありがとうございます!」
犬谷はそんな1年に返事もせず、自分の練習に戻っていった。
雪のかわりに槍でも降るのではないかと体育館から外を見るが、朝と同じくふわふわと雪が降っているだけだった。
猛スピードで部誌とテスト明けの練習メニューを書き上げる。部誌を書く間、ほんの少し犬谷を警戒したが、それは取り越し苦労で終わった。
「おっしゃ、帰るぞ犬谷」
「ん、」
カラカラと自転車を押す音が静かな夜道に響く。
「今日、見てたぞ。犬谷、いいとこあんじゃん」
昨日のこともあり気まずさはあるが、今日の練習中にちゃんと先輩らしい事をしていた犬谷を褒める。
「鳶坂が、言ったから」
そう言って犬谷の口元に笑みが浮かぶ。昨日俺が言ったことを実行した、ということか。
なんで犬谷は、俺にだけ優しく笑うんだろう。
「好きだから」
「は?」
「ん? さっき俺がお前にだけ笑うって」
どうやら声に出てたらしい。じわじわと顔が赤くなるのを感じる。
「お前といると、顔が緩む……好きだから」
「そ、っか」
マンションの駐輪場に自転車を停める。昨日はそんなことを思う余裕はなかったが、こいつは今から学校近くの家に帰るんだと思うと少し申し訳ない思いが湧いてくる。
「なあ、思ったんだけど。わざわざ家まで送らなくてもいいぞ? また家まで帰るのだるいだろ? 学校からはお前んちのが近いのに」
「俺が好きでやってるから」
「そっか」
そういうの、女子が喜ぶやつじゃん。とか。俺、男だし。とか。色々と思うことがあるが、何となく嬉しい気もする。いやいや。別に付き合ってねえし。俺は。
「じゃあ、また明日な」
そう言って駐輪場を出ようとすると、俺の腕を犬谷が掴んだ。
「俺、15日が誕生日なんだけど」
「え、今月?」
犬谷が頷き俺をじっと見る。
「な、なんか欲しいモンとか、あんの?」
「ある」
「早いな。なにが欲しいんだ? あんまし高いのとかは無理だからな」
金持ちの犬谷に念のためそう言っておく。これで指輪だとか言い出したら笑える。いや、笑えないか。
すると先ほどの即答とは打って変わって、犬谷はキョロキョロとあっちこっちを見回しながらなかなか返事をしない。
「俺の誕生日、鳶坂が欲しい」
「俺?」
全く持ってピンと来ない。
「鳶坂を、抱きたい」
「だく……」
「だから、セックスしたい。この前の、続き」
セックス。
「考えといてくれ」
俺、抱く、セックス。
犬塚が俺を抱く。セックス。
「鳶坂。また、明日」
「ん、」
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