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第9話 2月3日(月) はたから見るとラブラブらしい
今日から学年末テストに備えて部活は禁止になる。ホームルームが終われば部活のない学校に用はない。
「ざっけんな、あのくっそ先公、日直だからってこき使いすぎだろ?!」
正直昨日のこともあって何となく犬谷と顔を合わせ辛かった俺は、早く教室を出て帰りたかった。そんな日に限って日直で教師に呼び止められ、ちょっとした用事を言いつけられる。
教室に戻るとギョッとした。俺の席に犬谷が座っている。
「ねえ鳶坂ぁ、犬谷クンお迎え来てるよ」
山本さんがからかうようにそう言った。
「見たら分かるっつの」
なるべく当たり障りのないように返事をして、机横に下げていたカバンを取る。
「ラブラブじゃん」
「うっせ……っ?!」
急に腕を引っ張られ体が斜めに下がった。ギョッとして腕を見ると犬谷が俺の腕を引っ張ていた。
「鳶坂、帰ろう」
「……おう」
ふたりそろって廊下に出た瞬間、教室からヒューヒューだのなんだのとやかましい声が漏れ聞こえた。
「マジこういうの最悪だ」
「……止める」
「は?」
犬谷はくるりと体育の授業で見るような回れ右をすると教室に戻っていった。
「え、ちょ……犬谷?」
犬谷が酷い音を立ててドアを開けると廊下まで聞こえていた声がピタリと止まる。
「鳶坂が嫌がる。やめろ」
それだけ言うとドアをピシャリと閉じて廊下で呆然としていた俺の前に戻ってきた。
「行こう」
うん。ありがとう犬谷。俺は明日からヒソヒソされる確定だ。
あのキス事件以来、今までもヒソヒソはされていた。でもそれはからかい半分の、実はお前ら付き合ってないんじゃないの? 的なニュアンスの含まれたものだった。
でももう、あれは決定打だ。
学校の駐輪場へ出ると、朝はとても晴れていた空は曇り雪が降りだしていた。
強い風に乗って雪が顔に当たる。まるで俺の心のようだ。
「お前さぁ、大丈夫なん?」
「なにが?」
「何がって、尽くしすぎっつーか。お前そんなキャラじゃねぇじゃん?」
「ごめん。でも鳶坂と付き合えてることが、俺にとって奇跡だから」
「お、大げさだっつうの」
歩き進むうちに、ふわふわだった雪は徐々にべっちゃりとしたものに変わった。スニーカーに触れた雪がじっとりと融け濡れて不快だ。
あと少しで帰りつくが、このままだと犬谷が帰るころには雨に変わるかもしれない。
「おい、傘貸してやるから俺んち寄ってけよ」
「いいのか?」
「おう」
マンションの駐輪場に自転車を停め、犬谷を連れて家まで向かう。オートロックなし。マンション1階の角部屋108号室はすぐそこだ。
「ただいまー」
鍵を開けて中にいる母親に向けて大きな声で帰りを伝える。
「トシおかえりー。あらぁ、お友達? いらっしゃい」
「雪酷くなってきたから、傘貸す」
「寒かったでしょう? ちょっと上がってもらいなさいよ」
「どーする?」
犬谷を見ると小さく頷いた。
「人の家上がるの、はじめてだ」
「マジ? お前んちと違って狭いけどな。ほら、こいよ」
犬谷はスニーカーを脱ぐと玄関にきれいに揃えた。俺は自分のと犬谷のスニーカーをひょいと掴んで自分の部屋に持っていく。
不思議そうな顔でそれを見る犬谷は、どこまでも坊ちゃんなんだろう。
「部屋のストーブの前に置いてたら帰るころには乾くだろ?」
部屋をストーブで温めてその前に俺と犬谷のスニーカーを置く。
母さんが持ってきたのはお茶とせんべいという、なんとも犬谷とかけ離れたものだった。
「……せんべいは、食べたことあるよな?」
サラダ味のせんべいを手に取り、ひと口がじったところで不安になり尋ねた。
「ある」
犬谷は醤油せんべいに手を伸ばしてビニールの包装を破った。
部屋にバリバリとせんべいを咀嚼する音が響く。手元がなくなれば次のせんべい。また咀嚼音。そして新しいせんべい。そうしているうちに皿の上のせんべいはなくなった。
「後悔、してるか?」
すっかり冷えた緑茶を飲んでいると、犬谷がポツリとそう言った。
「何を?」
「俺と付き合ってること」
「別に……何でだよ」
してます。だって間違いですから。用意していた言葉は喉から出てこなかった。
「鳶坂、あんまし、楽しそうじゃない」
「犬谷だって、楽しそうに見えねえ」
「俺は元々こういう顔だ。お前といるだけでスゲー楽しい」
犬谷が俺の制服の裾をくいと引っ張ってくる。ムズムズする。なんだろう。昔ばあちゃんちで飼ってた犬が、帰る俺に甘えてくるような。
「あークソッ!」
俺は犬谷の顔を両手で掴んでキスをした。
最初に犬谷にされたみたいな、くっつけるだけのキスだ。
「醤油味……」
「とび、さか……っ!」
「う、おっ?!」
いきなり抱き着かれてよろめく。思いきり強く抱きしめられて、これ以上はヤバいと思う。
硬く目を瞑ると、からだに感じていた拘束感がふっと無くなった。
「ごめん……帰る」
犬谷がストーブの前に置いていた自分のスニーカーを持って玄関へ向かう。
「お、おう」
以外にあっけない。いや、それでいいはずだ。ここは俺の家で、母さんもいる。あんなことやこんなことは非常にまずい。
「これ、傘な……」
「ありがとう」
「また、明日な」
「ん、」
パタンと閉まった玄関ドアを見て、犬谷にキスしたことを考える。
自分から犬谷にキスをしてしまった。
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