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第23話(最終話) 2月16日(日) カーテンを開けると雪国であった

 スマホのアラームが鳴って目が覚めた。いつもなら起床とともに隙間風の寒さを感じるが今日は妙に温かい。 「うえっ?!」  目の前には犬谷の寝顔がそこにある。あれからいつの間にか寝ていたらしい。当然のようにふたりして裸だったことが妙に生々しいが、どうしようもないほどの幸せな気持ちが溢れてきた。 「鳶坂、はよ」  俺の声で同じく起きたらしい犬谷は少し目をしばしばさせている。 「おはよ……あ、ヤベぇ、シーツ!」  そういえば、昨日俺は盛大にやらかしたはずだ。もちろん俺だけではなく犬谷もだが。  大惨事になっているに違いない。慌てて飛び起きるとシーツもからだも、さらりとしてキレイになっている。 「あれ?」 「ごめん。気持ち悪いところ、ないか?」 「犬谷がきれいにしてくれたのか?」 「……俺のせいだから」  でしょうね。とは思うものの、俺も俺でまき散らしたというか。罪悪感とともに羞恥が襲ってくる。 「つか、昨日ちゃんと言えなかったンだけど。その、誕生日おめでとう、犬谷」 「……ちゃんと、聞いてた。ありがとう……嬉しい」  その返事を聞いて声がちゃんと出ていたんだとホッとした。 「おう。あ、雪! どうなってっかな?」  ふたりでベッドを出て、部屋のカーテンを開ける。ここ最近では見ることのなかった真っ白な世界が広がっていた。新しい雪もどんどん舞い落ちてくる。 「うわヤバ、これもう雪国じゃん。電車どんな? 運転見合わせ?」 「終日運休だな」 「デスヨネー。練習休みの連絡入れるわ」  せっかく解禁になったばかりの部活だったが、交通機関がストップしたのなら仕方ない。メールアプリを使って部員全員に連絡を送る。次々に既読が付き、部員たちの返事を受信する音が響く。  せっかくベッドから出たところで、床に脱ぎ捨てていたジャージを着て犬谷の部屋を出た。  洗面台で並んで歯を磨く。  八重歯のところは入念に磨くようにしている。小学生のころ通っていた小児歯科の先生に、虫歯があるとスポーツの成績が悪くなると脅されたからだ。鏡に映る犬谷をみると、俺とは対照的にきれいな歯並びをしていた。  犬谷が口をゆすぐ。それを追うように俺も歯磨きを終えた。 「朝、またパンでいいか?」 「んー。あ、やべ、昨日の部誌と明日からのメニュー組まねえと」 「食べてからでも、いいだろう」 「俺忘れっぽいからさ、悪ぃけどメシの前に書いてもいいか?」 「わかった。お茶だけ先に入れとく」  ダイニングテーブルに部誌と練習ノートを広げて書き進めていく。  犬谷が紅茶を入れてきたらしく、テーブルの上にカップを置いた。 「……鳶坂」  部誌を書き終え練習メニューの組み立てをしていると犬谷に呼ばれる。 「ん、ぉ……っ」  横から犬谷の顔が近づきキスをされた。ちゅ、と鳴る音にドキリとする。 「な、なんだよ」 「鳶坂、文字書いてるとき、口が尖がるんだ」 「へ?」 「キス、したくなる。そういうのは、かわいい。でも、試合中はかっこいい」 「だから、なんなんだよ。いきなり」 「鳶坂の、かっこいいところも、かわいいところも、好きだ」  顔に熱が集まる。 「ど、ドーモ」  昨日の俺の言葉を真に受けているのか。まあ、確かにあれは本音だが、そう改めて言われると恥ずかしい。 「鳶坂、何時に帰る?」 「夕方には雪もマシになってるだろうし、それくらいに帰るけど」 「もう一回、ヤりたい」 「うえっ?!」 「ダメか?」  そう言った犬谷は試合中のショットの動作に入ったときのリングを見据える真剣な眼差しと同じ顔だった。  俺が見ていた、俺の好きな顔だ。 「ダメ、じゃない。俺も、好きだから。犬谷のこと」  犬谷が柔らかく笑うとまたキスをしてきた。  俺が練習メニューを書き終えたところで、犬谷は食パンを焼きに台所に引っ込んでいく。  次第にパンの焼ける匂いが漂い、腹が鳴る。  犬谷が皿を持ってくると、前に泊まった時と同じ、こんがり焼けたふわふわの厚切りの食パンが乗っていた。  バターを塗ってかじる。サク、ふわ。より美味しく感じる気がするのはなぜだろうか。  食べ終わると、すっかり冷めた紅茶を飲む。これを飲み終われば犬谷ご希望の『もう一回』だ。  そう思うと最後の一口を飲み込む音がやたらと大きく響いた気がする。  ちらりと犬谷を見るともうすでに食べ終わっていた。 「食器下げていいか?」  コクコクと食器を犬谷が台所へ持っていく。  窓から見える外は相変わらず雪が降り続けていた。夕方には止む予報だったが、それが信じられないくらいに振り続けている。  犬谷はすぐに戻ってきた。 「部屋、行くか?」 「おう……」  顔を赤くするな気持ち悪い。とはいえ俺も真っ赤になっているので俺も気持ち悪い顔をしているんだと思う。  思えば間違ったはじまりだった。しかもまだそのはじまりから1ヶ月も経ってないのだ。  先のことなんか分からない。それでも今は、この好きと言う気持ちを大事にしたいと心から思う。  俺はこの先、雪が多く濃密で幸せな21日間を忘れないのだろうから。  ◆ 了 ◆

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