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第1話
――――これはいったい、どんなホラーだよ。
王道 勝 。
あいつが転校生として現れたのは、気温も上がりそろそろ半袖が必要になろうかという、5月も半ばのこと。
正直、教室にあいつが現れた瞬間絶対に関わり合いになりたくないと思った。
分厚い瓶底眼鏡に、ぼさぼさとした真っ黒の髪。制服はサイズ感があってないし、とにかくダサくて清潔感がなかった。
トドメとなったのがその性格。
人の話を聞かないわ、電波だわ、教室の備品は壊すわ……とにかく、ナイ。ありえない。
そう思ったのは俺だけではなかったらしく、クラスであいつに話しかける強者はいなかった。
それから三日も経たずして、厚顔無知という言葉がぴったりなそいつは、恐れ多くもうちの学校の人気者たち――ちなみに全員野郎だ――に恋愛的な意味でちょっかいをかけ、どんな手を使ったのか次々と陥落させていった。
それだけでは飽きたらず、その魔の手は彼を嫌っていたはずの親衛隊にも及び、一般生徒、果ては教師まで取りこんだ。
始めは転校生のことを悪く言っていたはずの奴らが、いつの間にか手の平を返したようにあいつを崇拝するようになって、気がつけば学校内にあいつを悪く言う人間はいなくなった。
――――俺を除いては。
「やべぇさっき王道君に話しかけてもらった。鼻血でそう……」
「おれなんて手に触れちゃったもんね。この右手はもう一生洗わねえ!」
「…………」
クラスメートのそんな恐ろしいやり取りを聞いていられなくなって、ガタリと音をたてて席を立つ。
なんでだ。
どうなってるんだよ。松岡も河下もついこの間まで一緒にあいつのことを気持ち悪いって話してたじゃないか。それなのにどうしてこんなとち狂ったことを吐くようになった?
信者だらけの教室に嫌気がさし、逃げるように廊下に出る。
「うわっ、王道とすれ違うなんてめっちゃツイてる!」
すると教室の外に出て早々嫌な名前を嬉しそうに呼ぶ声が聞こえて顔をしかめる。
結局どこにいても同じなのかもしれない。
はあと溜息をつき歩みを進めると、反対側から元凶の男が歩いてくるのが見えて、口の端が引き攣る。
無視だ無視。関わるだけ損する。
自分に言い聞かせると知らんふりして通り過ぎることを決めて、平静を装いつつ歩調を速める。
ところが。
「?!」
すれ違って背を向けた次の瞬間、腕を掴まれ無理やり歩みを止めさせられた。
数センチ上にある顔を見上げると、野暮ったい前髪と眼鏡に邪魔されてはっきりと窺うことはできないが、ひどく驚いた様子の王道の顔がある。
「お前……取りこぼしか」
近い距離で戸惑ったようにつぶやかれ、不快感からゾワリと悪寒がする。
「っンだ? つーか馴れ馴れしく触んなキモいんだよっ」
思いがけない行動にうろたえたが、表面には出さないよう取り繕った。
腕を掴む手を振りほどこうと足掻いて、けれど馬鹿みたいな力にあっさりと捩じ伏せられる。
そいつはこちらの抵抗を意に介すそぶりもなく不気味に笑った。
「どうりで点数が足りないわけだ。これで終わりか」
俺を掴まえている方とは逆の手が伸びてくると、両目をふさがれる。
「?! ちょっ、テメ! 触んな……!」
大嫌いな奴に顔を触られることが堪えられなくて、必死に抵抗する。しかし王道はその手を離さなかった。
いち。
にい。
……さん。
三秒後、それは緩慢な動作で剥がれていく。
「ぶん殴るぞクソヤロウ!」
手が離れると同時に、腹の奥底から叫ぶ。すると、王道の顔が驚愕に染まった。
「効かない、だと?」
「は?!」
何言ってるんだこいつ。おかしい頭が更に狂ったか。本当に気持ち悪い。
不快感と苛だちから睨み上げると、王道は特に気にとめる様子もなくまじまじとこちらを見下ろしてくる。
「しかもお前、よく見ればクラスメイトの太刀川か。おかしいな……クラスの奴らは早々に落ちたはず。かかりにくいタイプなのか?」
真剣な表情でブツブツと訳の分からないことを口にするそいつに、恐怖のようなものを感じた。
……こいつ、本気で危ねぇ。
「ふっ。まあいい、試験のリミットまではしばらく余裕があるし、丁度カンタン過ぎて退屈していたところだった。それに」
クククと不気味に笑う王道。
「テンプテーションが通じない相手なんてレアだ。いい暇潰しになる」
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