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第2話

 王道の、眼鏡の奥にある瞳が黒から真紅へと変貌する。悪魔のような凄絶な笑みで絡めとられ、からだが動かなくなった。  こいつは人間じゃない。  それを悟って、膝から下に力が入らなくなる。 「……ッ」   ガクリと崩れ落ちたところを王道に受けとめられて、更に混乱が酷くなる。触るなと言いたかったが歯の根が合わず、言葉にできない。  ただただ王道に支えてもらうしかない己の不甲斐なさに愕然とする。 「さて。せっかくだ場所を移動するとしよう」  王道は足腰の立たない俺を軽々と抱えあげると、すぐ近くの教室の扉に手をかけた。  こんな状態をクラスメートに見られるなんて羞恥でどうにかなると思ったが、王道が扉を開けた先にあったのは見慣れた教室ではなく、見たこともない部屋だった。  広々とした部屋の中央にバカでかいサイズのベッドが置いてある。 「どういう……ことだ?」  目の前の状況が信じられず茫然とつぶやくと、王道が薄く笑みを浮かべる。 「たいしたことはしていない。教室の扉とオレの部屋を一瞬繋いだだけだ」 「……は?」 「人は魔法を使えないらしいな。不便なものだ」  さらりと返され、いささか乱暴にベッドに落とされた。そのまま王道が上に乗りあげてくる。 「人は……って、どういうことだよ」  問いかけに王道は口の端を持ちあげて笑うと、こちらに人差し指を押しつけてきた。自分が何者なのかを答える気はないらしい。 「さて。ムダ話はここまでだ。お前はこれがどんな状況かまだ理解できていないようだな」 「?!」  風通しのよくなっている胸もとに視線を落とせばいつの間にかシャツの前が解放され、アンダーシャツが覗いていた。  ベッドの上で乗りあげられ服を乱されているこの状況がなんなのか。遅ればせながら思い至り、腹筋を使って勢いよく上半身を起こす。 「なん?!」  しかしすぐに王道によってシーツの上に縫いとめられる。両手を一纏めにされ、頭の上で固定された。 「ふざっけんな!」 「ようやくそれらしくなってきた」  恐ろしいことに王道はこの状況を楽しんでいた。その顔はまさしく弱者をいたぶる強者のそれだ。  空いている手でアンダーシャツ越しにグイとふたつの尖りのうちのひとつを押し潰される。  男子校ゆえか、周りに男同士で恋愛ごっこをしている連中がいはしたが、まさか自分がそういう対象として見られる日が来ようとは夢にも思わなかった。  ぞわりと怖気がして全身を震わせ、なんとかその手から逃れようと身を捩る。 「……ッくそ、やめろ! 触んじゃねえ!」  筋骨隆々というわけでもないのにどこからそんな力が湧いてくるのか、こちらの抵抗なんてまるでないもののように扱う王道に、やはり目の前の相手が人ではないなのだと痛感した。 「威勢がいいのは嫌いじゃない」  首筋にざらりとした感触がしたかと思えば、次には鋭い痛みが走る。 「イぃッ!」  食いちぎられたのではないかと思うほどの激しい痛みに、無我夢中で暴れる。びくともしない体に腹が立って思いきり蹴りつけると、首筋を強く吸われてからようやく離れた。  ぜいぜいと息切れしながら睨みつけると王道は愉快そうに目を細める。  噛まれたところが酷く熱を持っていた。傷口を確認したいのに位置的に鏡でもなければ見ることができない。 「ちぎれるほど噛んでいやしないさ。多少変色はするだろうが」 「ーーッ」 「おっと」  怒りに震える手で憎たらしい顔面を殴りつけようとしたが、あっさりとかわされた。危ないな、と思ってもいない様子でつぶやく王道にギリギリと唇を噛みしめる。  なぜこんなことになってしまったのか、自分は悪夢を見ているのではないか。これが夢ならどんなにいいか。そんなことを考えていると、ふと目の前が暗くなる。 「?!」  唇の上を生温かいものがなぞって、離れていく。  信じられない気持ちですぐ側にある顔を凝視していると、赤い血が付着した唇を王道は己の舌で舐めとる。それから俺の唇を親指の腹でぬぐった。  唇が、ピリと痛む。 「強く歯をたてるから出血している」 「……」  絶句している俺を面白そうに眺めると王道はゆっくりと体を起こす。  寝転がった俺の両脇に膝をつき、着ているものを脱ぎ捨てる。上半身裸になった王道は煩わしそうにぼさぼさとした黒髪を外すと、瓶底のような眼鏡を放り投げた。  乱れた前髪を王道が手ぐしで掻きあげる。 「……っ」  現れたのは元の姿など影も形もない、信じられないほど綺麗な男だった。  さらさらとした絹糸のような髪に、すっと通った鼻筋。それから印象的な真紅の瞳がそこにあった。作りものめいた美しさと先ほどまでの壊滅的な容姿が一致せずに混乱する。 「やっと煩わしさから解放された。あとはお前だけだ、こんな格好はもういいだろう」 「な、ん……?」 「馬鹿め。あの格好が素のわけがないだろう」  本気で驚いている俺に顔をしかめると、王道はふんと鼻を鳴らした。偉そうな態度が先ほどよりも様になっているが、これはこれで腹が立つ。  

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