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第1話

 ある冬の日、大学院生の海崎智樹(かいざき ともき)は人と待ち合わせをしていた。    講義が終了し、待ち人がいるキャンパスのカフェテラスへと向かうと、中で海崎を待つ端正な顔立ちの青年、陸瑛士(くが えいじ)の横顔をとらえた。  周囲の談笑とは無縁の窓際の席に座っているところが、何とも彼らしい。時間潰しのために握られたスマートフォンを右手に持ち、行き場のなくなった左手を口元に当てていた。白い指が血色の良い唇を引き立てる。ただ、それだけの様なのに、この青年は絵になるのだ。  陸という青年を表現する場合において、もっとも重要な点は唇だと、海崎智樹は考える。端正な瓜実顔を成り立たせる通った鼻筋も、目元を印象付ける涙袋も、もちろん重要な部位と言えるだろう。しかし、誰になんと言われようと、彼の魅力を語る上で、唇というパーツを外すことはできないと思っている。  出会ったのは、陸がまだ一年生の頃。    冷たい雰囲気を醸し出す青年が、海崎が部長を務める文芸部に入部してきたのだ。後から聞いたら、緊張していただけだったようだが、その整った顔立ちと少し明るい髪色故か、何だか凄いのが来たなあという印象を持った。陸は、入部当初は寡黙で、最低限の言葉しか話さなかった。    文芸部の主たる活動は、部員が執筆した作品を評価し合う評論会である。陸も参加して意見を述べることはあるが、多弁というよりは、二言三言呟いて終わることが多かった。ただ、内容は的を射ていることが多く、無駄がない印象を海崎は持っていた。    そこから印象が大きく変わったのは、いつのことだったか。海崎ははっきりとは覚えて異ないが、部室で二人きりになったことがあった時のことだと思っている。  好きな作家が一緒だと言った時に、ほんのわずかに表情を綻ばせ、嬉しそうに作家のことを語りだすその様に引き付けられてしまった。これには、海崎は混乱した。同性に惹かれるという経験は、初めてだったのだ。陸という男は決して女性的というわけではない。声は高い方かもしれないが、細いがゆえに、喉仏は強くその存在を主張していたし、身長も男性として平均的なものだった。    滅多に笑わない綺麗な青年が、微笑んだ事に驚いただけだと自分自身に言い聞かせたが、どうにも彼の一挙一動が気になるようなってしまった。    その直後に行われた夏季休みの合宿では、余興のクイズ大会を行ったが、そこで正解して無邪気に喜ぶ彼を見て、愛しいと思う心を否定しきれなくなってしまった。  先輩楽しかったです。  などとにっこりと笑われてしまっては、もう駄目だった。

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