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第9話
ふわり
二人の上空を舞う粉雪。
海崎は待ち合わせ前に見た天気予報で、雪が降るかもしれないとあったことを思い出した。
「俺がこうしたいんだ。駄目かな?」
「……人が来たら、すぐ離してくださいね」
先程までは油断していたためか、お国言葉が滑りでたが、すぐに普段の言葉遣いに戻った。しかし、周囲を気にしているのか、きょろきょろと視線をあちらこちらに向けている。これでは、会話をしてもまともに続かないだろう。
海崎の下宿先まではキャンパスから十分程度の距離の間に同じ大学の人間に会う可能性は全くないわけではないが、この時期は既に帰省している学生もいる。そもそもすれ違った程度でそこまで凝視されるだろうか。
陸はしばらく海崎に手を握られたままの状態だったが、陸の下宿先が近づくにつれて、手を握り返してきた。思わず海崎が陸の表情を見つめると、その頬は赤く色づいていた。
「僕の顔見てないで、早く先輩の部屋に行きましょうよ」
「そう、だな」
赤いのは頬だけではなく、耳も真っ赤であった。陸の中で、羞恥心と海崎の気持ちに答えたいという想いがせめぎ合い、後者が勝ったという事実に、海崎はまた嬉しくなった。
程なくして海崎の下宿先へとたどり着く。玄関に入ったところで、陸が海崎の腕に抱き着いてきた。
「うおっ」
髪や肩に乗った白い六花を払うこともせず、陸は海崎に身を寄せる。その存在を確かめるように。繋いだ手はそのままで。
「先輩や……」
「はい先輩です。どうした、さっきと全然違うな」
「人前やったから、ボロが出たらいかんと思って。先輩の部屋に着くまでは、我慢やと思ったんです」
俺、ちゃんと我慢できてえらいでしょう?
ふわりと甘く笑う表情。柔らかく綻んだ唇。
髪や肩にかかった冬の結晶が、熱で形を失いかけている。
「雪解けだね」
普段の唇を引き結びクールな印象を与える彼も捨てがたいが、全面の信頼をこちらに寄せ、すり寄る彼もまたこのましい。
海崎はそう言って、陸を抱きしめてやった。
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