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第8話

 そんな他愛のない話をしていたせいか、気が付けば日付が変わっていた。泊めてやろうかと海崎は口にしたが、陸は頬を赤くして、「心臓が持ちません」と主張するものだから、陸の下宿先まで見送り、その日は別れた。  慣れないことをしたせいか、部屋に戻った後すぐ寝入ってしまったようで、気が付けば朝になっていた。陸のことを笑えない。あまりに都合がいい展開だったから、もしかしたら、昨日の出来事は夢だったのではないかとさえ思ってしまった。軽くシャワーを浴びて戻ると、スマートフォンに陸からのメッセージが届いていた。 ――昨日はありがとうございます―― ――僕、すごく幸せです――  それを見て、昨日のことは夢などではないことを認識した。海崎はたまらずメッセージに返信し、結局その日は、一日中共に過ごすことになったのだった。  その後も、二人きりの時間を取るようにはしていたが、年末年始は帰省のため、それ以降は試験期間なども挟んだため、ここ数週間は中々会う時間が取れない状態だった。  成績に影響するからという理由で、試験期間中は会わないという約束をしていた。今日が、試験の最終日だった。 「ごめんね。待っただろう」 「そんなに待ってないです」  浮かんだ色は喜び。しかしそれも一瞬だけのもので、すぐに氷のような美貌が蘇る。周囲の目を気にして、平静を装うのが陸の癖だ。男同士であっても、喜び合ったりするのは普通のことだと海崎は思うのだが、陸はそうは思わないようだ。恐らく、疑われるようなことは初めからしたくないのだろう。  二人でキャンパスから出て、帰宅の途に着く。大学四年生となった海崎は部長の座を明け渡しているため、部室に立ち寄らない日も増えた。系列の大学院へ進学するため、あと数年は、部員たちと轡を並べる機会はあるのだが。  キャンパスから最寄り駅までの道は、時間帯によっては学生で溢れかえっている。人の目を気にしてか、陸は押し黙っている。海崎もそれを理解しているため、少しの間それに付き合う。大半の学生は最寄り駅へと続く道を進み、下宿生はそれぞれの方角に散っていくのが分かっているからだ。  そして、他の学生がいなくなったあたりで、海崎は冷え切った陸の手を握ってやる。 「ちょっ、誰か見とったら」 「誰か来たら離すよ」  海崎がにっこりと笑うと陸は何も言えなくなってしまう。部屋に着いてからでええやんかと小声でつぶやくのが聞こえる。それは、部屋ならいいと言っているのと同義なのだが、この後輩はわかっているのだろうか。海崎はくすりと笑う。

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