1 / 3
第1話
「すげすげ!!これ雪かっ?」
手の平に舞い降りた小さな白い粒は、肌に触れると冷たい水玉を残して消えてゆく。それが面白くて仕方なかった。
俺が小学五年生の頃だった。通っていたのは田舎の小さな小学校。
その日は朝から雪が降っていた。寒くなり霜が降りることは良くある事でも、南の平野部にあるこの地域で、雨以外のものが空から降って来る様子を見たのは産まれて初めてのことだったからよく憶えている。
朝のホームルームでは、俺を含む生徒達は未だに雪の話題で騒がしかった。
しかし、雪の話題も掻っ攫ってしまう様なニュースが先生の口から告げられた。田舎の小さな小学校で、雪と同じくらいに騒げる話題と言えば……。
「入ってきなさい。」
先生が廊下へ手招きすると、雪の様に白い肌のそいつは緊張した面持ちで入ってきた。そう、転校生だ。
「東北の寒い所からの転校生だ。仲良くしろよ。ああ、学級委員の吉川、昼休みに校内を案内してやれ。席も丁度吉川の隣が空いてるからそこだな。」
『六鹿 優希 』
黒板に可愛らしい丸っこい癖字で控え目に書かれた名前。成る程、優しそうな顔だもんなと納得する。
彼が書く字のように丸っこい体型、ふっくらしていて柔らかそうな頬、はにかんだ様な笑い方。それを見てドキドキした理由は、当時の俺では深く理解出来ずにいた。
「えっと、隣よろしくね?吉川くん。」
ランドセルを机の横のフックに引っ掛け、俺に身体と顔を向けて目を見て挨拶をして来た優希。あそこまで礼節がしっかりした奴、多分クラスの奴等には居なかったと思われる。
「お、おう。俺は吉川 大樹 。大樹で良いぜ。それよりさ、お前北の方なんだろ?雪連れて来て、俺たちに見せてくれたんだな。さんきゅ!」
俺の言葉にクラス中から賛同と礼の言葉が次々に優希に向けられると、白く透き通るようだった頬は真っ赤になってしまい林檎の様だと、その時は思ったものだ。
あれから季節は何度も移り変わり、また冬がやってこようとしている。身体も態度もデカくなった雪の使者様は、当時の可愛らしさは消え失せイケメン雪国王子と化している。中学前半までは横に大きかったが、それを成長期の肥やしとして使い、縦に無駄に伸びやがった。
「今年こそ降らないかなぁ。ねえ大樹、降ると思う?俺ってもう7年も雪見てないんだけど。」
窓の桟に頬杖をつき、どんよりとした曇天を見上げながらどこか不満げに唇を尖らせ言葉を漏らす優希。寒いからせめて窓を閉めてくれと言いたいが…、眠気覚ましには丁度良いかもしれない。
しかし、そうだな。ここは沖縄ほどでなくても、南国と度々比喩されるほどには気候は暖かい。雪なんて降るわけがないのだ。さぞ雪国の王子にとってはつまらない所だろう。
「さてなぁ。山のほうに行けばスキー場もあるし、降るだろ。」
携帯の文字ボタンをカチカチと親指で押し込み、小さな画面に文字の羅列を作る。弟へのメールを考えながら打っていただけに、優希への返事が適当なものになってしまった。
「えー!だってスキー場まで車で2時間以上だよ?子どもの俺にどう行けって言うんだよ。」
案の定、優希から抗議の声が上がったために、俺はメールを中断し携帯を閉じるとベッドの端へと放り投げた。ため息一つ。初冬の冷たい風に遊ばれる優希の少し色素の薄い髪を見上げ、どうしたものかと思案する。
「出かけるにしても、俺ん家も父親忙しいしなぁ…。依澄さんに頼むのは申し訳ない…。それについて来るだろう弟と、仲良く雪投げとか想像できん。」
俺の父親は、依澄さんという女性と再婚し、一つ違いの弟も出来たわけだが…。思春期に新しく出来た母親に甘えられないのは仕方のない事だと思って欲しい。
家庭事情を知る優希は、一つため息をついたものの特に何も言わないでいてくれる。だからこいつと居るのは色々と楽だ。
俺たちは小学、中学と共に学んできて、高校は地元から少し離れた所を選んだが、また共にこうして寮生活を送りながら同じ学校へと通っている。まあ、優希の志望校を事前に調査し偶然を装って入っただけなのだが…。
俺が優希への気持ちを自覚したのは中学二年の頃だったか…。言わば多感な時期。いっときの気の迷いとも思ったが、出逢ったその日――あの雪の日――から惹かれている事にも気付かされてしまい認める他無かった。
女にモテるコイツに、男の俺が叶わない恋してるってのは重々承知してる。もう7年もしつこく想ってるのだ。こうなったら盛大に玉砕するまでは…と腹は括っているが…。当の本人、恋人どころか女友達すら居ない。それがまた諦められずにいる要因なんだよ。畜生!
結局スキー場に行くのは諦めたらしい優希は、再び視線を窓の外に戻してしまった。力になれないのは悪いと思うが、雪を見て故郷が恋しくなり、手の届かない所に帰ってしまわないかと不安になるのだ。ずっと此処に居て、雪の降らないこの気候に慣れてしまってくれたら…。
――コンコン
まだ点呼の時間には早いはずだが、部屋の扉がノックされ不思議に思い優希と声を揃えて返事をする。意図せずとも返事はいつも被る。それが少し嬉しかったりする。
扉が開いて入って来たのは寮母だった。歳の割には可愛らしく優しげに見える為、一年の頃はナメきっていたが…。このお方のマジギレした日を、俺達は一生忘れないだろう。
「吉川くん、六鹿くん。冬休みの帰省帰寮予定、出してないのあなた達だけよ。いつにするの?」
優しい声音と微笑みだが、もう三年もこの人を見ていると分かる。少々ご立腹のようだ。
「げっ!すいません!帰るのは終業式の次の日で、こっち来んのは始業式の前日でお願いします!」
「あ、それなら俺も同じで!」
2人して慌てて予定を立ててしまう。毎回こんな感じで休みの前は寮母を困らせるわけだが。それも今回含めてあと2回で終わりである。大学とか、優希は何か考えてんのかな。
ともだちにシェアしよう!