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第2話
昨日から優希 の様子がおかしい。
厳密に言えば、夜の点呼が終わった後、東北にいるという優希の父親からの電話があってからだ。何を話しているのか、電話のボリュームも声も小さく聞き取れなかったが、立ち入って聞いてはいけなさそうな空気だった為にイヤホンで音楽を聞いて過ごしていた。
電話が終わった後ゲームの話でもしようと思っていたのだが、その空気のままベッドに入ってしまい、カーテンで遮られてしまうと話すに話せない。仕方なく俺も早めに寝たんだが…朝起きたらコレである…。
「なんだ?朝から何ベタベタしてんだよ。」
くっ付いて離れないお前はひっつき虫か。人の気も知らないでこう纏わり付かれるとハッキリ言って迷惑極まりない。
食堂で朝食を食べている間に登校中、隣に並ぶ時は常に手や肩が当たる距離にいる。パーソナルスペースって知ってるか。そう問いたくなる。しかしどんよりジメジメ、何かを悩んでいるような表情で居られると、突き放すことも出来ず好きにさせていたが…。
昼休み辺りから周りの目が突き刺さるものへと変化して来た為に、優希を屋上へ呼び出した。流石に寒い中屋上へ上がりたがる奴は居ないようで、俺たち以外に誰もいない。
「お前今日、すっごい変。なんなの。昨日の夜何かあったの?」
俺の問いに答えるか否かで迷っているのだろう。何度も口を開こうとしては言葉を出せずにいるようだ。しかし最終的には優希の中で話さないと決まったらしい。こうなると何を聞いても無駄なのは長い付き合いで理解している。
「話そうと思ったらちゃんと話せよ?」
「…うん。ごめんね。」
無理して作られた笑顔は初めて見た気がする。俺じゃ力になれないにしても、話を聞くことくらいは出来るのに。
無駄に距離が近く、何度も離れろと注意してはごめんと謝られる日々。最近ではたまに手を握って来るようにもなった。いや、ちゃんと人目は考慮してるみたいで誰にも見られてはいないハズだ…。
それにしても、一番困るのは入浴時間である。入浴は寮の浴場――15人が一気にシャワーを浴びられるようになっている――で一年や二年のグループとも偶に入ったりするが…。あろう事かその中で、シャワー中に無意識に寄り添って来たわけである。それ以来変な噂が目立ち始めた。
三年生は下級生の扱いから言うと自由な方で、普通は夕飯後から点呼前に入浴を終わらせなければならないところ、消灯前までに入れば良いとなっている。本人に自覚があれば口で言って止めるが、無意識にまた寄り掛かられたんじゃ仕方ないので、消灯ギリギリの人のいない時間を狙って入るようにした。
それがまた憶測を呼ぶような形になってしまったのだが…、もうそれは致し方あるまいと割り切った。
部屋には各自の貴重品もある為に、就寝中は施錠をすること。その決まりがあるから安心して眠る事ができる。
が、…この場合は安心とは程遠い。
「きっつい…。つーか近い…。」
冬休みを目前にして、優希は俺のベッドで寝るようになった。俺の布団の方が温かいから、とかではないらしい…。試しに優希の布団で寝ていたら、朝にはちゃんと隣で寝ていたからな。
片想いの相手と同じ布団で眠る事とは、果たして至福なのか地獄なのか…。俺には地獄としか思えなかった。…ほら、素直に反応を示す箇所が男にはついちゃってるからさ。バレないように神経使ってるよ。
そんなこんなでよく分からない疲労感と睡眠不足、それに加えて欲求不満を抱えたまま、なんとか終業式を迎える事が出来た。
「明日から冬休みだな!」
部屋割りは長期休業の度に変わる為、終業式後の午後の時間は、寮生は皆荷造りに追われている。俺たちは明日帰る組ではあるが、親の迎えが来次第出られるようにはしておきたい。
「優希、また二人で初詣とか行かねぇ?…あ、無闇矢鱈にくっ付くのは無しの方で。」
そろそろ空気を変えて欲しくて発したのは、軽い冗談混じりのデートのお誘い。ここ1ヶ月、ずっとくっ付かれていれば分かる。多分両想いで間違いない。だって普通、親友だとしてもここまでずっと男同士でベタベタするか?あり得ないだろ。
初詣誘って、新年早々告白して、何を悩んでるのか知らないけど、俺がチャチャッと解決して…。新学期は、ちゃんと恋人として寄り添っていくんだ。
「……うん。行きたい、な…。母さんに許可貰ったら電話する。」
滅多に母親の許可なんて求めない優希なのだが…。やはり未だに空気はおかしいまま。笑顔という笑顔を、もういつ以来見ていないのか。
「ちゃんと連絡しろよ。電話でもメールでも、いつでも良いし。」
「分かったよ。…心配かけて悪い。」
優希は荷造りする手を止めると、こちらに身体ごと向けて、目を合わせて謝って来た。忘れもしない、小五の雪の日を思い出す。思わず吹き出してしまった。
「心配かけてる自覚はあったのかよ。なら、心配するのは今日までだぜ?」
その日の夜、優希は数週間ぶりに自分のベッドで寝た。男二人並んで狭くは感じていたが…その分温かく、寒さを感じなかったように思う。久しぶりに一人で寝る開放感。これでようやく熟睡できると思ったのだが…。
「布団冷たい。」
なかなか温まらない布団に、不満の声が小さく零れた。
既に隣のベッドでは優希の寝息が聞こえる。本当に人の気も知らないで呑気な奴だよ。
寝付けずにいた俺は布団を頭まで被り寝返りを打った。するとふわりと香る柔軟剤の甘い香り。俺の使っている柔軟剤のものではない。毎夜嗅ぎ慣れた優希の香り。
直ぐに反応してしまう俺のモノはどうしたら良いのやら。
「優希、ごめん。」
何度目となるかも分からない――もう数えるのも辞めた――謝罪と共に、丸めたティシュをビニール袋に包んで棄てた。
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