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第3話
「じゃあ、また大晦日か元旦にでも。」
朝早く、優希 の母親が来たため荷物の運び出しを手伝い、積み終えた後に笑顔で見送った。
俺の言葉に対して明確な返事は無かったものの、「じゃあ、メールするから。」とだけは返ってきた。
不安しか無かった。何故、荷物を全部積んだ?全生徒がそうするが、全てを持って帰るのは面倒なだけに、持ち帰らなくても支障がない生活雑貨などは食堂や自室に置いて帰るだろ。
東北の父親からの電話にしろ、あれから元気の無い事にしろ…。考えれば考えるほど、喉の奥にシコリのあるような感覚がし、胸元がモヤモヤと気持ち悪くて仕方ない。
「いや、これからもずっと一緒に居られるだろ。先ずは初詣に行って…。」
――三年の吉川先輩、親御さんの迎えが来てます。
無理矢理気分を上げようとしていれば、寮の放送が聞こえ迎えが来たことがわかる。確か父親は来られなくなったとかで、依澄さんが来てくれているはずだ。…迷惑かけて申し訳ないな。
「来たよー、大樹 くん!これ運べば良いのかしら?」
「僕も手伝いに来ました。」
勝手に上がってきたらしい2人は、ノックもせずに俺の部屋の扉を開けた。一人で真っ最中だったらどうするんだろうな。いつも家で注意しているのに、この2人はその点改善される気がしない。
「ああ、じゃあすいません。お願いします。」
3人で運べば二往復もしなかった。俺は特に面倒くさがりな方で、勉強に必要な教科書類も全て置いて帰る為である。
帰りの揺れる車内で、弟がこてんと肩に頭を預けてきた。小さく寝息が聞こえてくる。朝早くから2人して駆け付けてきてくれて、依澄さんも眠い筈なのにずっと運転してくれて。
そろそろ、「お母さん」と呼ぶべきだろうか。
冬休みが一日、二日と流れる様に過ぎて行く。しかし、優希からはメールも電話も一切ない。明日は大晦日だというのに、約束を忘れているわけじゃないよな。
流石に寂しく思った俺はメールを一通だけ送ってみた。
『生きてるか?』
しかし、そのメールが読まれたかどうかも分からぬまま除夜の鐘を最後まで聞き、初詣は弟と行く事になった。
学生にとって、冬休みというのは少し長い連休、その程度の認識である。進学を考えていない俺は特にその傾向が強い。大学受験に躍起になっている周りには悪いが、俺は進む道も既に決まっている様なもので、のんびりとしたものだった。
しかし、優希が居ない。連絡もない。これ程寂しい休みが続くなら、早く新学期が来てくれたら良いと、そればかりだった。
冬休み後半、ボーッと日々を過ごしていたら、あっという間に始業式前日である。寮に持っていく荷物を積んでいる過程で、ハッと我に返った瞬間…優希への不満は不安を掻き消すほどに膨張した。
父親が送り届けてくれたので礼を言い、仕事に追われる彼を早々に帰してやる。部屋の割り振りを見ていると案の定優希とは離れる事になっていた。部屋の階も違っている様で、少し遠くに感じる。入り口に掛けられている優希の名札は「不在」のままで、まだ帰ってきていないと分かった。
多分俺が部屋にいると分かれば彼方から訪ねてくるだろう。幸い、俺は三年で2人のみ獲得できる一人部屋という好条件。喧嘩するには持ってこいってな。
――コンコン
荷解きを終え、昼食にしようかと考えた時だった。控え目なノックが耳に届く。
「はい。」
俺の返答後も少し間があり、ゆっくりと扉は開かれた。
「オイコラ、どーしたんだよ…。」
溜まりに溜まった不満をぶち撒けたかったのだが、その標的は酷い顔をして突っ立ったまま動かないでいる。何なんだよ、どうしたんだよ。
「優希…?」
呼び掛けにも応じない優希に痺れを切らすのは、瞬き一つの時間で十分だった。
「おい、ずっとメール待ってたんだけど。…なんか言えよ。」
ズカズカと距離を詰めて、俺の目線より少し高い位置にある肩を少し強めの力で殴った。こうでもしなきゃ、いつまでもコイツは此処でこうしていそうで…。
「ッ…大樹!」
――ぎゅうっ
一瞬、何が起こったのか理解がついて来なかった。最後に見えたのは泣きそうに歪む優希の顔で…。今は黒く硬いものが顔を圧迫し視界を塞ぐ。ただ、並より少し敏感な嗅覚を持つ俺は、鼻腔を満たす優希の柔軟剤の甘い香りで頭を殴られた程の衝撃を食らった。
抱き締められていると理解した時には結構な時間が経っていたと思われる。
俺に今、出来ること……。
手を精一杯伸ばして…、開きっぱなしの部屋の扉を閉めること。
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