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第1話(帝国ホテル編)

 送別会に参加して下さった方全てを見送ると、二人してフロントに向かった。島田支配人が舞台の黒子の様な足取りで近付いて来た。 「二日間のご滞在が快適なものに成ります様に御助力は惜しみません。幣ホテルの従業員は口が堅い者揃いで御座いますので……」  何でも無い口調だったが、言わんとして居る事は分かった。横目で片桐を窺うと微かに頬を染めた後、俯いて居た。 「こちらで御座います」  どうやら三條の口利きが効いたのか、それとも特等客室に宿泊する人間は皆そうなのか支配人が案内して呉れるらしい。  廊下を歩いて居ると、「東洋の宝石」と自分達の世界でも評判の重厚かつ繊細な装飾が至る所で目に付く。重厚さと繊細さという一見矛盾する意匠を融合させたのは流石だと思った。  それを口にすると、支配人は満足そうに頷いた。 「いわば日本を代表するホテルで御座いますので、それに見合うようにと設計をお任せした次第で御座います」  片桐も顔を上げて、興味深そうに見入って居た。 「このお部屋で御座います。手荷物はクロゥゼットの中に収めさせて戴きました。後程、この部屋専属の客室係りがご挨拶に参ります。その者に何でも申しつけ下さいませ」  丁重な態度で支配人は去って行った。  部屋の様子は矢張りアメリカ式の雰囲気だったので、全てが大振りで作ってある。部屋を見渡していた片桐は、窓際に寄りカーテンを開いていた。 「晃彦」  窓の外の風景を見ていた片桐が振り返って手招きする。  彼と並んで窓の外の風景を見る。日比谷公園の噴水の向こうに宮城の森が見える。 「……あの皇后陛下との対面がもしも無かったら、オレ達はここには来て居ない。これも全部晃彦のお陰だ」  そう言って立ったまま肩に頭を預けて来る。肩に感じる重みと彼の清潔な髪の香りと時折触れる髪の感触が心地良い。  二人同時に手を動かして手を繋ごうとした事に気付いて微笑みあった。 「いや、お前の苦しい心情を理解していた積りだったが、充分では無かった様だ。許して呉れ」 「許すも何も、晃彦が頑張って呉れた…。それだけで充分過ぎる程幸せだった」 「これからも俺は至らぬ点が有ると思う。お前の事を丸ごと受け止める積りだが、配慮が足りなかったら全て話して欲しい」  片桐の手の力が強く成った。 「ああ、そうする。オレも至らない点は沢山有ると思う。その時は…遠慮せずに言って呉れ。晃彦に愛想尽かしされるの、一番怖い」  空いている方の手で彼の髪を撫でた。 「愛想尽かし…は有り得ないと思う。これからもきっと」  そんな会話をして居ると、遠慮がちに扉を叩く音が聞こえた。  彼からさり気無く離れ、椅子に座り、どうぞと言った。 「客室係の上野で御座います。支配人に特に仰せつかって参りました。お部屋で不明な点は御座いませんか」  ホテルの従業員らしい笑顔を浮かべていたが「特に」の所に力を入れた所を見ると支配人から事情を聞いているなと思った。  上野氏は的確に部屋の説明をした後、「他に御用事は御座いませんか」との事だったので、「いいえ。でも有り難う」と答えた。 「では、御用の際は何時でもお呼び下さい」  一礼して部屋から出て行った。  上野氏が説明した中には勿論寝室も含まれていた。片桐がぽつんと言った。 「ホテルは良いな。何をしていても、女中達とは違って屋敷内での噂に成る事は無いのだから」

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