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第39話(蜜月編)

「髪の毛を洗って欲しい」  髪は彼の感じる所の一つだ。自分も服を脱ぎ捨て、浴室に入った。片桐の髪を洗う。後ろ髪を洗い終えて、前の方に手を移動させると片桐は力が抜けた様に背中を胸に委ねて来た。耳が紅いが、湯のせいか自分のせいか分からなかった。髪を洗う力加減を彼の背中で判断する。力加減が良いと、彼の背中が自分の身体に密着する。ずっとこのままで居たいと思った。 「ミスズの両親が見つかって本当に良かった。晃彦のお陰だ。帽子掛けとは別に晃彦の願い――・・・もし有るならばそれも聞く」  気持ち良さそうな声で彼は言った。  脳裏に浮かんだのは勿論オブライエンの事だった。 「有る。俺以外の男性に秋波を送られても――お前が心変わりをして居ないのなら――だが無視して欲しい」  一瞬黙り込んだ後片桐は言った。 「心変わりは…していない。オレに関心を持つ男性は晃彦以外には居ないと思うが…  もしかして晃彦が心変わりを…」  胸に預けられた片桐の身体が強張って居る。  抱き締めて、囁いた。 「ずっと一緒に居て、お前の事をもっと好きになった。心変わりなど、絶対していない。俺がお前に振られそうで怖いだけだ」  片桐の身体が弛緩した。 「晃彦が不快に思う事はしない。第一オレはそんなにもてない」  まだその様に思っているのかと唖然とした。 「多分、オブライエンはお前の事が好きだと思う。気を付けてくれ」 「それは晃彦の思い過ごしだろうが…分かった、晃彦の言う通りにする」  キッパリと言い切った。  肩の荷が下りた思いだった。  帝国ホテルでの送別会の後から毎晩、そういう意味で彼に触れて来ていたので、浴衣姿で彼を抱き締めて眠るだけと言うのも新鮮だった。  こめかみに接吻し、夜の挨拶をしたら途端、彼は安らかな寝息を立てている。以前不眠に悩まされていたのが嘘の様に感じる程、眠りの国に行った彼を抱き締めていた。  乗船して二日経ったが危惧していた船酔いは今のところ二人とも皆無な事も安心出来る材料だった。  眠って居る彼の横顔をむさぼるように、ただ、見つめていた。  彼の自分よりは少し低い体温と安らかな寝息に、やがて自分も眠りの妖精が訪れて来た。  唇に湿った感触を感じて目を覚ます。片桐の口付けだった。閉め忘れた船窓のカーテンから朝日が降り注いでいた。 「おはよう」  片桐が微笑んで言った。 「もう起きたのか、早いな」 「ああ、少し前に起きてお前の寝顔を見ていた。接吻したくなって仕方が無かったので、してしまったが無理に起こしたか」  心配そうに彼は言った。

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