71 / 71
番外編:雨の日の終わり。 二
兄が俺を好きだと言って押し倒したあの日。
柔らかく、それでいて火傷の様に熱かった唇。それを避けて、無理やり兄と弟の関係に戻って記憶から消していた自分。
俺が何事も無かったように接しているのを兄はどう思ったのだろう。
あんなにいっぱいの保険金、避けられていた俺に残してくれた兄の気持ち。
ソレを考えると、今にも叫びだしたいほどに狂おしい。
「今週の土曜が兄の……命日でして。きっと心がざわめいてたんでしょうね」
「俺は樹雨さんを嫌ったりしない。まあ、好きになるのは氷雨さんだけだけど」
「喜一くん」
「泣かないで。もう泣かないでください。貴方は何も悪くない」
「……」
何も身に纏っていないくせに、そんな真っ直ぐな目で俺を抱きしめると、せっかく着替えたのに再び布団の中へ引き戻された。
「や、止めてくださいっ 今から出かけるんです」
「そんな疲れた体でどこに行くんですか。夕方の仕事までのんびりしましょうと」
「兄の! 兄と父のお墓参りです!」
「俺も行きます! なんでソレを言わないんですか」
こっそり行こうと思ってたんだ。いや、行きたかったのに君が酷く抱くから動けなかった。
やっと今日、身体に鞭を打っていくんです。
と、睨みつけた視線で言ってみた。
「なんでそんな可愛い顔で睨みつけるんですか。好きです」
全く一ミリも伝わってない。
「一人で行きます」
「やだ。俺も行く」
「ペットは入場禁止なんです」
「お猿さん止める。だから氷雨さんも俺にもっと気持ちを吐露してください」
何を言っても、この力強い腕からは抜け出せない。
抜け出すには惜しい心地よさですし。
「兄が俺を君みたいな気持で好きだったって話は少しだけしましたよね?」
「はい。まあ、俺の方が好きですけど」
「あの時起こった、一瞬だけの白昼夢みたいな過ちは、喜一君のおかげでもうこの家から記憶が塗り替えられた無くなった。消してくれたのは喜一くんです」
「氷雨さん」
「だから、は、激しくしないでいいんです。……こうやってこうやって傍に居てくれたら」
兄への罪悪感は付きまとうかもしれないけれど仕方ないんだ。兄の愛情から逃げた癖に、俺は今、喜一君の愛情で満たされているのだから。
「一緒に……行きます?」
おずおずと、抱きしめてくれている腕にしがみつき、顔を見上げる。すると鼻息荒く、力強く頷いた彼が俺を見る。
「もちろんです。40秒で支度します」
勝手に父の書斎だった場所にスーツを何着が置いている喜一君は、箪笥の中から私服も取りだした。
一体どれぐらい服を持ちこんでいるやら。
「美味しいパンケーキ屋と、和菓子屋も見つけたんですが、お昼に食べた後、お墓に添えましょう」
「パンケーキ!」
俺の心が弾む。三十路のくせに甘いものが好きだと彼にはお見通しの様だった。
いつまでも泣いていては、未来を一緒に歩く彼に心配ばかりかけてしまう。
俺は自分から彼にキスすると、真っ赤になったお猿さんは恐る恐る唇にキスし返して来た。
雨の日の終わり。彼の腕の中は晴れ。
終
ともだちにシェアしよう!