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番外編:雨の日の終わり。 一
月夜の朧げな光りの中、お互いの身体を探し、輪郭をなぞる。
一組の布団の中から、俺のよがって感じている足がするりと布団を払いのけ見えてくる。
「き、っ 喜一くっ はげ、しっ」
彼の背中にしがみつきながら、毎日のようにどろどろに疲れさせて眠らされる。
「喜一くんっ」
これ以上、無理。深く奥へ侵入しようとしてこようとするがもう無理だ。
ギチギチで、苦しい。すると、ぬるっと濡れた舌が唇に触れて、俺の緊張を和らげようとする。
「ば、ばかっ」
俺は怒っているんだぞ。そう思いたくて、彼の背中に爪を立てた。
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「理由を説明して下さい」
ようやく起きれたのは、お昼を過ぎた辺りの事。夕方には公民館で書道教室をするので、この身体では少し辛かった。
「老体を痛めつけて満足ですか! 貴方は……俺の身体目当てなんですか!」
「ちがっ」
「もういいです。連日のように人を組み敷いて。お猿さんは帰ってください」
今日は行きたいところがあったのに、台無しだ。いや、今からでも行ってやる。
ただこの一週間、喜一君がちょっと変だ。昨日なんて夜遅く帰ってきて人の布団に侵入してくるや否や、あんなっ。やはり20代前半。若さが違う。
今年三十の俺にはあの体力は真似できない。
「……氷雨さん、理由を説明する前に俺も聞きたいことが」
「なんでしょうか?」
乱れた浴衣をぱさりと脱ぐと、喜一くんは耳まで真っ赤にして視線を逸らした。
今さら俺の裸を見て、純粋そうな素振りは止めて頂きたい。
「お兄さんと、何かあったのか……思いだしました?」
「……っ」
思わぬところで攻撃されて、咄嗟に言葉がでてこなかった。
「別に。お猿さんの喜一君には関係ありません」
「氷雨さんっ」
「そういえば、以前、喜一くんって俺にセクハラしていた時期に、雛菊さんと一夜過ごしてましたよね」
「はあ!? あれはあいつが勝手に押しかけて襲ってきただけで、酒で酔わせて眠らせただけ。やってない」
「ふうん。そうなんですか」
情事後みたいな服装で後ろから抱き着いてきたのに。
華樹院さんから、二人のお見合いはできないかって促されたこともあるぞ。
なぜか段々苛々してきた。
「今日はもう帰ってください」
迷ったけれど紺色の地味な着物に袖を通すと、喜一君が足元まで這ってきた。
「なんですか?」
「……氷雨さんが泣くんです」
すりすりと俺の足元に頬ずりする喜一君が、言いにくそうに声を漏らす。
「氷雨さんがお兄さん、お兄さんって夜中に泣くんです。丁度一週間前ぐらいから。だから疲れさせて、泣けないようにぐっすり眠ってもらっていました」
「え、えええ!?」
俺を見上げる喜一くんの悲痛な顔が、今にも泣きだしそうだった。
「自分を責める氷雨さんが壊れてしまいそうで、でも深く聞いたらいけないんだろうなって思って」
「……喜一くん」
そっか。俺はこんな歳になっても、ほろほろと泣いてしまっていたのか。
「詳しく言ったら、君が兄を嫌うんじゃないかなって思うんです。でも俺は兄を恨んでいない。……兄はどうか分からないですが」
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