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第2話

木曜シフトも高嶺岸と一緒だ。 二つのレジは片方は僕とお客さん、そしてもう片方は高嶺岸と三毛猫を抱いたおばちゃんで埋まっていた。 10時を超えたコンビニは暇そうなヤンキーか飲んだくれた大学生しか基本現れない。特段忙しいわけでもないからいいのだが、少しふくよかなおばちゃんは高嶺岸のレジを占領していた。よって、たまに訪れるお客さんは僕が対応しなければならない。毎回のことだからもういいのだが…。 このおばちゃんは夜中にここへよく訪れる。どうやら旦那さんが亡くなり独り身のようで猫と暮らしているらしい。猫をこんな真夜中に散歩させるという変わり者すぎるおばちゃんだが。 どうやら話がひと段落したのか、もこもこの綿毛の洋服を着た猫ちゃんを再度抱きなおして「高嶺岸くんまたね」と話している。一応言っておくけど店内に猫は入れちゃだめだよ! 「赤坂くんもがんばってね~」 一応気前はいいおばちゃんなので僕の名前を呼んでしっかり挨拶してくれる。猫ちゃんが大人しくしていたから今日は見逃してやろう・・・! おばちゃんが帰った後の高嶺岸は少し機嫌が良さそうだった。いつもより会話していた時間も長かかったようだし、今なんか珍しく鼻歌を歌いながら廃棄の整理をしている。僕は裏から持ってこられた商品のカゴを押しながら高嶺岸に思い切って話しかけてみた。 「何かいいことでもあったんですか?お客さんと長い間話してたみたいだし」 「は?俺とお客様の会話をアンタに話す義務はないでしょ」 先ほどの鼻歌は何処へやらキッと鋭く目を吊り上げて睨まれてしまった。そのまま目線でさっさと商品を棚に入れろと命じられる。 (いつもと同じ冷たい対応…!!) 出来れば敵は作りたくないから少しでも仲良く、と思っていたが、ご機嫌なときも僕に話しかけられると嫌なようだ。 僕はもう怒らせたくないから大人しく整理された商品棚に届いた品を追加し始めた。 そこまで店内は広くないため、大体冷蔵のコーナーを整理できれば、卸の仕事は終了する。廃棄は持って帰りたいが、店長はケチなのでそのまま処分行きだ。本当に勿体ない。 それでお腹壊したとかバレたらいろいろと問題になるんだろう、まあ仕方ない。 そのまま外のゴミ袋を回収しようと店外にでると、つい1時間前に訪れていたネコのおばちゃんが入り口近くに立っていた。 おばちゃんも僕の様子に気づき近づいてくる。 「赤坂くんこんばんは、また会っちゃったわね」 「どうも…。何かありましたか?」 おばちゃんは高嶺岸と井戸端会議をしにはくるが、いつもホットコーヒーを買うだけでコンビニの商品をたくさん買うイメージはない。しかもこの夜遅くに訪れるのだから、何か足りないものを買いにきたのか、こちらのミスがあったのかと問う。 おばちゃんは僕のその問いに「あらっ!」と大きな声を上げて、赤坂くんも私のことよく見てるのねえ〜!困っちゃうわぁ!と頬を赤らめた。 何を困るのか…。僕が少し微妙な気持ちでおばちゃんを見てると、小さな小袋からお菓子のようなものを取り出した。どうぞと僕に差し出してくる。 僕はああっ…と言って受け取ったが、何故かどら焼きをおばちゃんから貰った。 満足気なふっくら体型のおばちゃんが心なしか耳なしネコ型ロボットに見えてくる。 「赤坂くんも頑張ってるから、ご褒美!中に高嶺岸くんもいる?」 「ありがとうございます。はい、中にいます」 「そう、ありがとう!」 おばちゃんはそういうとルンルンで店内へと入っていった。一方僕はどら焼きを手にしたままどうしていいかわからず立ち尽くしている。中を覗いているとまたおばちゃんと高嶺岸がレジ前で話していて、高嶺岸がどら焼きの袋を3つほど受け取っていた。高嶺岸は接客態度は基本的に良い方だが、あんなに目をキラキラとさせているのは初めて見たし、すごく頭をペコペコして、おばちゃんの手を握り何か熱く語っている。おばちゃんも顔が真っ赤である。 (なにあれ……僕には話しかけるだけで嫌な顔するのに……) いつも無愛想で感情のない目をする高嶺岸が別の人間になったようで、嫌味を通り越して不思議感満載だ。僕は夢でも見ているのか。 頬の赤らみを消すように手を顔の前でパタパタさせたおばちゃんは嬉しそうに店の外へ出てきた。その拍子にぼーっと二人の様子を見ていた僕は高嶺岸と目が合う。驚いたネコのような、悪戯がバレてしまったような、そんな高嶺岸の表情に、僕は彼に対して初めての気持ちを抱いた。 ****** その後の高嶺岸はいつもの不機嫌さというよりは羞恥のような形で僕のことを避けていた。どら焼きが大好物だった彼はどうやらおばちゃんに頼んでいたようで、僕にはその約束自体内緒にしたかったようだ。よっぽど知られたくなかったらしい。聞きたいことや頼みたいことがあっても逃げ回られてしまう。まるで昔の彼と僕の関係が全くの逆転してしまったようだった。よく彼も僕を捕まえて嫌味を言いまわれてたものだ…とんでもなく無駄なところで体力を使ってしまうぞ。しかし、わざわざ言わなくても仕事をするときはしてくれているようで、一応ミスなく仕事を終えた。 「高嶺岸さん……あの、いりますか?」 仕事終わりの休憩室でそっとおばちゃんから貰ったどら焼きを差し出す。あんなに喜んでいたし、僕に内緒にするぐらいだ。相当好きなんだろう。 彼は僕に話しかけられたことに飛び上がったネコのように驚いたが、こちらにゆっくり振り返ると「アンタが貰ったんだから、いい…」と断った。僕が貰ったものまでは欲しいとわがままは言わないんだなぁと少し感心してしまった。普通は当たり前なのだが、印象が最悪な彼にはプラスに見えてしまったのだ。 僕は「それじゃあ」とそのままおばちゃんから貰ったどら焼きを鞄の中に仕舞い込み、退勤しようと部屋を出ようとした。 タイムカードを押す機械の横に小さな鍵が置いてある。 「あれ?これ…」 「ああ、それついこの間ロッカーの近くに落ちてた。もしかしてアンタのじゃない?」 高嶺岸の言う通り、この鍵は僕のだ。実はこの鍵、自転車の鍵なのだ。バイト終わりに自転車の鍵をなくしてしまい、店長に無理言って1週間店裏に自転車を置いてもらっていた。 見つかって良かった。あの時はだいぶ焦った。 「あれ?でもなんで僕のって?」 「それは、毎日入ってるから消去法でアンタかなって。火曜に置いてあったけどスルーしたから違うのかと思った」 「!それなら言ってくださいよ!」 「忘れてた」 すっかりいつもの調子を取り戻した高嶺岸はロッカー前の椅子に堂々と座り込んだ。彼はいつも適当にこのスペースで時間を潰し、好きなタイミングで帰るらしい。こちらを見ずにスマホをいじり始めた。 いつものことなので、僕はもう良いやと鍵を手に取る。一応彼に「ありがとうございます、お疲れ様です」と声をかけ、ゆっくり店を出た。 店裏の自転車は1週間放置していたが砂や土がかぶっている様子はなかった。 綺麗なままでラッキーだと僕は少し気持ちが上がって自転車に跨った。

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