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第4話
「高嶺岸さん、実は物をなくしてしまって…」
「またですか?」
高嶺岸はそう言って休憩室で僕の方をじとりと見た。
引きこもって全く仕事をしてくれなかった高嶺岸は、次のバイトではケロッとして僕にいつものように絡んできていた。あの日は相当すねていたようだが、この日は特に僕に対する態度や機嫌が変わることもなく淡々と仕事をこなしていた。きっとあれも何らかの気分屋の性格が出て、目につく僕へ当てつけたかったのだろう。僕はまた彼の機嫌が変わらぬうちに、逃げてしまおうとさっさと退勤した。
ここで問題は次の日だった。
寝起きで髪がぼさぼさな僕は大学行くためにカモフラージュとしていつものブラウンの帽子を被っていた。しかし、家にそのお気に入りの帽子がないのだ。どこを探してもなくて、そういえば昨日バイト先に帽子を被っていったことを僕は思い出した。次のシフトで持って帰ってこればいいか~なんて思っていたのだが…。次にいったバイトの日、探し物は全く見つからなかったのだ。思い当たる節を探し回っても隠れている気配すらない。次の火曜日にも結局見つからなくて僕は半ば泣きそうになった。お気に入りの帽子がなくなってしまった悲しみが強すぎる。その時の僕は悲しみの波にそのまま乗せられ、いつもは絡みたくのないはずの高嶺岸に相談していた。彼は「はあ、そうですか」といかにも興味のなさそうな平坦な返事をしていたのだが、なんと、なくした日の一週間後つまり相談した次のシフトで僕の帽子を見つけてくれていた。この時は本気で彼のことが神様に見えた。悪魔が一気に神様へと変身したのだ。僕は本当にうれしくて、彼の手を握ってぶんぶんと振りながら何度も何度も頭を下げた。彼はポーカーフェイスで「別に」といつものつっけんどんな態度をとっていたが、少し口の端が吊り上がっていた。
そして冒頭に戻る。少し襟足までのびた黒髪はなめらかに首を沿い、分厚い上着の下に着た黒のVネックアンダーシャツは高嶺岸の男らしい鎖骨を覗かせていた。
「次はなんですか、記憶でも落っことしたんですか」
「ううっ、今回は手袋です…」
手袋?と言いながら、高嶺岸は休憩室の際に置いてある段ボール箱を持ってくる。落とし物BOXと手書きで側面部に書かれている。ここにはお客さんの落とし物や店内にあった忘れ物が入っている。
高嶺岸は無言でガサガサと箱の中を漁り、ピンクの手袋を取り出した。
「これですか」
「ち、ちがいます!しかも明らかにサイズが子供用…!」
「店内にあった落とし物の手袋はこれだけです。来る途中で落としてきたんじゃないんですか」
「そ、そんなことは…」
ポケットに突っ込んでて道端で落としたんだろうか…。僕がシュンと項垂れると盛大なため息が吐かれた。
「はぁ…わかりました、探しときます。今日はこれ以上わからないんで、また見つけたら連絡しますよ」
「た、高嶺岸さん~っ!よろしくお願いします~!」
面倒くさいなぁという顔をしているが、やっぱりなんだかんだ彼は責任感があるのだ。早速どんな色や柄なのか確認して、メモをとってくれている。
実際、僕の忘れ物癖?が帽子の件……いや自転車の鍵かもしれない……から始まり、ボールペンやスマホの充電コード、ネックウォーマーと次々なくしては高嶺岸さんに発見してもらっていた。そういう経緯もあって、僕は彼に絶大な信頼感を持っていた。
それじゃあお疲れ様です!と僕が退勤すると、高嶺岸は無言だったが、挨拶してくれるように片手をスッとあげてくれた。最近僕が勝手に彼へ好印象を抱いたり、頼みごとをするようになって、高嶺岸との距離間が縮まった気がする。ずっと鋭い爪で顔をひっかいていた猫が、僕に慣れておもちゃを持ってこちらへ近づいてきた感じだ。たまに機嫌がいいと太ももの上にも乗ってきてくれる。ちょっとしたツンデレ状態で、あの冷酷なキレた印象のある高嶺岸が可愛く見えてくる。
ふふっと思い出し笑いをしてしまい、外だったことに気づき慌てて指で口元を覆う。
すると、自分の指の冷たさで僕は一瞬驚いた。
(こんなに寒かったからやっぱり店まで手袋してたよな…)
手袋のことを思い出す。
こんな寒さだから道端の途中で手袋を落とすはずがない。きっと店のどこかに置き忘れてきたんだ…。
でも、ロッカーの中へしまった覚えがあるし、店内や休憩室を探しても見つからなかった。
最近物忘れが本当にひどいな、と僕は冷たい指先をポケットに突っ込んだ。
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