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その後

「高嶺岸さん、あの、僕、仕事が」 「うるせーな、今こっちは用件してんだからジッとしてろよ」 僕は店長室で経理をこなしている高嶺岸のお膝元にいた。 ちゃんと言うと、彼がイスに座って僕がその上に乗せられている感じだ。画面が見えねーだろ、と肩に顎を乗せられ、高嶺岸の手は軽やかにキーボードを弾いている。 僕はというと、ただその高嶺岸の命令に背けず、彼が抱え込む間にじっと座らされていた。 しょ、職務放棄になっちゃう……。お客さんきたらどうしよう…。 ハラハラしている僕を横目に、今休憩時間に換算しとくから大丈夫だ、なんて高嶺岸が言った。 えっ、僕の貴重な1時間の休憩、今使われてんの?! 「ちょっ、待っ」 「もうちょっとしたら終わるから待てよ、こっちの方が集中できんの」 そうやってグイッと鳩尾を左手で抱きこまれ、右手でキーボードを打ち続ける。 めちゃくちゃ器用じゃん! ピアノでも演奏しているのではないかという指の動きに僕は脳内異世界転生しかけたとき、パタリと高嶺岸が後ろからもたれ込んできた。 手はキーボードから離れ、どうやら本当に仕事は終わったようだ。 うなじに彼の顔がくっつき、スゥッと息を吸われる。なんだか少しエロい行動に僕は心臓がドキリと跳ねた。高嶺岸はそのまま僕を力強く抱きしめ、より体重をかけてきた。 なぜ僕がこういうことになっているかというと、高嶺岸の精神状態を安定させる、という目的のためだ。 あの一件から、高嶺岸の僕に対する態度はギシギシとした嫌悪な態度から外れ、やや穏和になった。アタリは強くなくなったし、なにか聞けばちゃんと答えを返してくれる。会話のキャッチボールができるようになったのだ。そして、その大きな変化と引き換えに、高嶺岸は僕の体へ依存するようになった。 なんだか変な言い方だが、僕をぬいぐるみにしたいらしい。 僕の私物を自分が持っているということに精神的安定をもたらしたという経験から、『僕が腕の中にいること』に安心感を抱いたらしい。 それは本当のようでこうやって抱きつかせた後は仕事の効率が1.56倍飛躍する(当社比)。高嶺岸は毎日シフトに入っていたこともあって結構精神がすり減っていたようだった。最近は少し肌色も明るくなった気がするし、雰囲気も柔らかくなった気がする。猫を連れたおばちゃんもそう言ってた。 彼はまだ抱きついたまま俺の髪や首元の匂いを嗅いでいた。たまにチロリと当たる唇や舌に僕は変な気持ちを抱くが、彼はそんな気持ちはないようで大人しく僕に縮こまっていた。 (普段つっけんどんしてるから、こうやって子供みたいにしがみついてくるのが、ちょっと可愛いんだよな…) 近くにある髪をサラリとひと撫でするとよりギュッと抱きついてきた。か、かわいい。 口には出さず心の中で猫が僕の手を何度も引っ張ろうとする光景を思い浮かべた。 それから2分ほどすると、高嶺岸は満足したのか俺から体をゆっくりと離した。 「あ、もう大丈夫ですか?」 「うん、悪かった。さぁ、早く仕事しろ」 そう言って僕がのっていた太ももを大きく動かして椅子の上から無理やり僕を落とす。あまりにも切り替えが早すぎて僕は体を支えられず床へ倒れ込んだ。 やっぱり性格は治ってないかも…。 あんなに可愛く見えていた高嶺岸の顔は鬼のオーラで満ち溢れている。 僕はお客さんが来ても怖いから急いで立ち上がって、さっさと店長室を出た。 休憩室を抜けて店内へ行くとタイミングよく金髪頭が入ってくるのが見えた。 いつもなら冷蔵コーナーへ行く彼がすぐさま僕のレジの方へ突っ走ってきた。 「沙稀くん…!!ベタベタしちゃダメだよ!さっき見たよ!アイツ首元舐めてたよね?!やっぱりここのバイトやめよう!僕の家で時給1万で雇うから!」 「お、大江くん、どこから撮ってたの……」 あっ!と口元を手で塞いだ彼は、えへへ盗撮カメラ仕掛けちゃった!なんておちゃめに笑った。 こっちも開き直りがすごい。僕は後で店長室のカメラを撤去して粉々にしようと誓った。店長ももれなく盗撮されている、可哀想だ。 「あっ、それより洋服は届いた?僕の最高傑作なんだけど」 「あの布がペラペラの服?あんなの着れないよ、あと他の段ボールも撤去してほしいんだけど…」 「箱、取りに行くね!あと最近寒そうだから生姜湯のパック送るね、体ポカポカするよ」 「えっ、あ、うん」 大江くんのプレゼント癖は一向に治らないし、どこから見てるのか聞いてるのかわからないけど僕の身の回りの観察してばかりいる。 一人でいると彼になにを見られているかわからない。しかし、高嶺岸といると大江くんは手が出せないようでいた。 一応、大江くんは根の性格は悪い子じゃないので、純粋に心配で僕に物を送ってくれたり、頼みごとも手伝ってくれる。ストーカーじゃなくて友達だったら完璧だったな。 彼とそうやって会話をしていると、高嶺岸が休憩室から出てきた。それに大江くんもピリリと空気が変わる。 「あ、どうも、いらっしゃいませー。カゴはあちらですよー」 「キミは上司の権利を使ったセクハラはダメじゃないかな?!」 「なんの話ですか?それよりここはお店なので何か買ってください」 その一言で、肉まん一つお願い、沙稀くん!とプンプンした大江くんは僕に言ってくる。しっかり買い物してくれる素直さはとってもいいと思う、大江くん。 僕が肉まんを蒸している間、大江くんと高嶺岸は何か言い合いをしている。大江くんの方が負けているのかと思ったが、たまに高嶺岸が顔ひきつらせているのを見ると互角の喧嘩なようだ。 しっかり中に火が通っていると確認すると、肉まん専用の紙袋に包み、袋へ入れた。 大江くんはありがとうと受け取るがまだ高嶺岸と睨み合いをしていた。まるで、ワンコとネコだ……。 最後までワンワン!シャーッ!ってやりあいながら、大江くんは店から出て行った。すると、その直後ピピッとスマホの通知が鳴った。 客がいないことを確認して、画面を見ると「明日は雨が降るから傘忘れないようにね!」と連絡が来た。最後までしっかりしてるな。 ありがとうと書かれたウサギのスタンプを送り返すと、高嶺岸が「お前アイツとラインやってんの?」と睨んできた。 「まあ、はい…」 「……」 高嶺岸の顔が明らかに不機嫌ですーって書いてあった。なにを怒っているのかわからない。嫌いなやつと絡んでほしくないってこと? 高嶺岸は拗ねた顔つきで仕事をまたやり始め、結局僕の腕を摘んだり、嫌がらせを定期的にしてくる。最近は嫌がらせのバリエーションがセクハラチックなので、太腿の内側を撫でられたり、服の隙間に手を入れてくる。 その度にメッセージの通知がピコンピコンなるので、高嶺岸がより不機嫌になってという悪循環が続いたのだった。

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