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恋は盲目というけれど

「こんばんは、コウさん」 インターフォンが鳴ってドアを開けるとそこにはここ数日間連続で遊びに来る戦友に俺は毎度の事ビビりつつ呆れる。 「(ツカサ)、こんばんは。毎回言ってるけど来るなら連絡くれる?心臓に悪いから」 「アンタ、ゲーム中だと返信してくんないじゃん。それにオレの事、信用出来ない?」 「そういう訳じゃないけど一応マナーってあるじゃん」 「この前の土日丸2日間ひたすらゲームしてぶっ倒れて助けられたの誰だっけ?」 「言うこと聞けないなら出禁にするよ?」 「わかった。ちゃんと入れっから」 俺は『本当に分かったの?』と問い詰めようとして止めた。 この話の流れ、もう何百回とやってるし多分コイツは明日もアポ無しで突撃訪問してくる。 (お隣さん相手によくこんな事出来るな。気を使わないゲーム仲間だし付き合い長いからいいけど) 俺は人をダメにするクッションに身を預けながら、唯一の趣味であるゲームに視線を戻す。 最近買ったブルーライトカットの眼鏡のおかげで目が疲れにくくなった。 やっぱ現実でも装備品には金かけるべきだな。 え?服?それは夏は暑く、冬は寒く感じなかったら何でも良くね?ダメ? ゆるゆるにのびたスウェット姿で堕落的生活を送るオフモードの俺を見て司は絶望的な顔をしているけど、そこはスルーしよう。 あ、ダメだなこのパーティ。 激弱。チェンジチェンジ。 「チッ、雑魚が!足引っ張んじゃねぇよ。司、今からクエ手伝え」 「急すぎだろ!場所は!?」 「サンドノース王国の死者のピラミッド」 「了解」 司は俺の予備のハードを使い、慣れた手つきでログインしてパーティーに加わる。 職業もちゃんと俺のバトマス(攻撃のスペシャリスト)に合わせて賢者(魔法のスペシャリスト)を選ぶ辺りやっぱり分かってる。 「さすが司。良き良き」 「それはどーも。って一晩でどんだけ進めたんですか。やりすぎでしょ」 「うるせぇ。ゲームは酸素なんだよ。あっ、やば。そっちに3体ぐらい行った」 「はぁ!?前衛しっかりしろよ!」 司は火力の高い上級魔法を唱えて、敵の周囲を火の海に変えて倒す。 そして次々とテンポよく攻略し、最終階のお宝をゲットして呪文で外へ出る。 「司、乙~。やっぱお前とだと楽だわ」 「アンタは鬼畜だな…」 「でもいつもちゃんとついてきてるじゃん。褒めてやろう。偉い偉い」 「褒め方雑すぎだろ」 「そんなことない。俺にはお前だけだよ」 「それ先週アニメでライバルキャラが言ってたセリフじゃん。しかもそのキャラ死んだし」 俺は空いた片手でくしゃくしゃと司の頭を撫でる。 都合のいい事ばっか言うな。と文句を言いつつも何やかんや嬉しそうに笑うコイツは、見た目はずっと大人っぽいのに笑うと年相応に見えて可愛い。 ちなみに俺は社会人2年目。 一方 司は大学生3年生でお互い一人暮らしだ。 隣なのは元々知ってて挨拶程度の仲だったけど、1年前の忘年会の時にマンションのロビーで力尽きている所を助けてくれたのがきっかけ。 その時にイベントマラソン中だった俺のスマホの画面を見られてそれでオタバレした。 『え、もしかして【コウ】?まじで!?オレ、アンタのとこのギルメンの【ツカサ】だけど!』 『マジか!え、お前がツカサ?!』 ちなみに挨拶以外の第一声の会話がこれだ。 【ツカサ】は俺のギルメンの1人。 他のゲームでもよく組んでいる仲間で最初は『色んなゲームでよく見る名前で、ランキング争いをする人』という認識だった。 対戦ゲームで初めは喧嘩を吹っかけられていた(勿論俺がフルボッコにして勝った)が、回数を重ねる毎にメキメキと強くなる【ツカサ】に俺も気に入り、気がつけば国民的人気RPGを始め、色んなゲームで共に行動をする仲になっていた。 そんな画面越しでの仲間にまさかのリアルエンカウントをする機会があるとは思いもしなかった。 お互いよくログインするし話もすごい合うから、てっきり俺の中ではニートか学生の陰キャオタか同じ社畜だと思ってたのに、まさかのウェイ系なリア充陽キャDDだった。 俺が同じ学生でも絶対に関わりのない部類の人間だと知ってビビりにビビったのを覚えている。 そしてその場で助けてもらい さようなら、またゲームで。だと思ってたのになぜか隣りに並んでゲームをするようになり、オマケに生活力がない俺をお世話してくれるようになってしまった。 時間があるとしょっちゅう家に来る司は、正直俺の次にこの家にいる時間が長い。 悪いヤツじゃないし、俺がいる時しか来ないし、いつでもゲームに付き合ってくれるからいいんだけど。それで大丈夫か大学生? …と前に言ったら『じゃあオレの家にも遊びに来てください!ゲーム持ってきてもいいんで!』と招待されたが、モデルルーム並に綺麗でオシャレな部屋で落ち着かなかった。 同じ間取りなのになんであんなに広く感じるんだろうと不思議だった。 来てもらう方が楽だから遊びに行くことはそこからもほとんどないけど。 「あー、ボス泥ドブった。相変わらずガチャ運クズ。…で?今日はどうした?夕飯のお誘い?」 なんか用?と俺はようやく本題に入る。 癖のない綺麗な茶髪は最近『伸びた』と後ろで1つにまとめられ、少し焼けた健康的な肌と相まって色気がある。 切れ長の瞳にはロシア人の祖父譲り(と言ってた)のサファイアの様な深い青色が嵌め込まれていて、俺の一番好きなパーツだったりする。 平均より少し高い俺よりも更に一回り高い背丈に、筋肉もしっかりついている細マッチョで男らしい体躯はバイトでやっているモデルの為になるべく維持しているらしい。 夜食でカップラーメンを貪る俺とは大違いすぎる。 ちなみに誰が聞いても分かる名門大学に在学しているのを知った時に『俺とこんな遊んで大丈夫?』と聞くと『全教科最高評価もらってるからこのまま順調にいけば大丈夫です』ととんでもない事を返してきた。 そんな少女漫画出身の様な恐ろしくハイスペックな彼は、さっきからそわそわと落ち着きがない。 最近俺の顔色をチラチラ伺う事が多いかったけど、もしかして彼女出来たとか? 確かに『リア充滅べ』とか言ってるけど、身内や友達の事は素直に祝福出来るから全然気を使わなくていいけど。 …いや、待てよ?そもそもコイツ フリーなの? 顔良し、頭よし、面倒み良しの三拍子揃ってるイケメンだぞ?周りの女がほっとくか? 「コウさん」 好き勝手に想像していると、司は肩にそっと手を置いて顔を近づけてきた。 「真面目に聞いてほしいんだけどさ」 「どーした?」 「コウさんの事が好きです。恋愛的な意味で」 「………は?」 …………は? 「え、何?罰ゲーム?カメラどこ?」 「本気だしこういうの冗談は言わないんで。 これからガンガンアプローチするから覚悟しててほしい」 「急展開すぎて意味がわからん。え、なんでいきなりそんな話になったの?どういう心境の変化?ちょい頭痛いんだけど、お前そこに座れ」 「え?座ってるけど?」 「クッションじゃなくて床に!司、ハウスっ!」 「オレは犬か」 司は渋々床に正座をする。 姿勢の良さに『コイツの家、しっかりしたとこの子なんだろうな』と頭の隅の冷静な部分がそんな事を思う。いい大学行ってるし経済的に裕福そうなイメージはあるけど。 「あのね、それはきっと勘違い。気の迷いだよ」 「…は?」 今度は司が変な声を上げた。 「何でそう決めつけんの?」 「確かに外ではちゃんと社会人やってるけど、見ろよこの家での俺のだらしなさ。普通に考えてありえないだろ」 「コウさん。オレの好きな人の事を悪く言うの止めてくんね?」 ちょっ、やだこの子。 初っ端からガンガン攻めてくるじゃん。 ドラ〇エだったら初期の村からまだ1歩も出てないレベルの経験値皆無な俺は早くもビビる。 じりじりと距離を詰めてくる司に腕でガードしてスペースを作る。 「そりゃあ大手にお勤めで見た目も王子様みたいにカッコいいけど、裏では超口が悪い廃人ゲーマーって良くないギャップあるのも知ってる。 ついでに毎月の課金額に正直引いてる」 「さっき悪く言うなお前が言ってなかった!?」 「でもそんな悪いとこもひっくるめて好きなんだってば。裏の顔最低だけど」 「お前今スゲーストレートにdisってきたな!?俺の豆腐メンタルボロッボロだわ!」 「そこガラスじゃないんすね」 「甘いな。ガラスは熱を加えたら純度とかは置いといてまたくっつく。だが豆腐は1度崩れたら終わりなんだよ!くっつかない!」 「コウさん、豆腐って豆乳と《にがり》って凝固剤使って固めてんの知ってる?」 「…つまり?」 「詳しい事わかんねぇし、舌触りとか置いといてもう1回崩れた豆腐を豆乳の中ぶち込んでにがり使って固めれば多分元に戻せるんじゃね?」 「嘘だろ!?」 真偽はともかく、今までもう戻んないもんだと思ってた。 というかお前詳しいな。豆腐マスターなの? 「コウさん、冗談はここまでな」 「え、今までの全部?」 「そのふざけたこと言う口塞いでやろうか?オレ そのままアンタの事抱ける自信あるけど」 若干イラつきを見せる司にビビって黙る。 ウェイ系リア充大学生怖い。 本当に襲われたくないし、確実に叶わないであろう力の差(物理)に俺は大人しくする。 「一応聞くけど俺の好きなとこ、どこ?顔?」 「自分の顔にどんだけ自信あんだよ」 「だって昔から顔だけはいいって言われるから」 自慢じゃないけど何度か芸能事務所の人にスカウトされた事ある。 それもテレビに疎い俺でも分かる大手に。 家族はやりたければ応援するというスタンスで、俺も将来ちゃんと働けるかわからないし今の内に内定もらうのもいいなとか、芸能界入って有名になったら印税的なので楽に暮らせるかな?と思ったけど(めっちゃ失礼)顔以外特にセールスポイントがない俺は丁寧に毎度お断りしたのを思い出す。 だって特技ゲームって言われても反応に困らない? それに見た目が良かったとしても中身陰キャだからな。交友関係は深く狭く。 「コウさんの好きなとこも、いいとこも悪いとこもいっぱい言えますよ」 「悪いとこは言うな。俺の事好きならちやほやしろよ、ほら早く」 「ワガママか。じゃあ…周りの理想に応えようと完璧な王子様キャラ演じてるところはオレには無理だしすごいなって思う。仕事が嫌だって言いながらバリバリ働いて頑張ってるところは社会人として尊敬する。普段お上品なのにオフの時はめっちゃ大きく口開けて笑うとこは飾ってないから好感持てるし、たまにもたれ掛かってきたり甘えてくれるとこは信用されてるんだなって嬉しいし可愛い。あとは…」 「も、もういい!ストップストップ!」 本当にちやほやしようと良いとこを並べ始める司を止めようと手を伸ばす。 「あと、指も長くて綺麗。この指であの神業が生まれるんだなって思うと不思議な気持ちになる」 しかし、手首を掴まれて触れるだけのキスを指先に落とされる。 ひぇ、と情けない悲鳴をあげて手を引っこめる。 やめろDD。 それは可愛い女の子にやってあげろ。 「コウさん顔真っ赤。かーわい」 「調子乗んなっ!エロガキ!もう帰れ!」 「まあコウさんの反応見て、いけそうだと思ったので明日からアプローチしますわ」 「俺のどこを見てそうって思った!?」 けらけらと笑うコイツを睨みつける。 しかし返ってきたのは甘い笑みだった。 「聞きたい?」 「やっぱ怖いからいい」 「そこは聞けよ。明日から毎日口説くんだから」 「は!?毎日!?」 それは困る。色々困る。俺の身が危ない。 「それはちょっと、困っ…司!」 帰ろうとする司を止めると、ん?とまた優しく微笑まれた。いや、なんで微笑んだし。 「どーした?帰って欲しくなくなった?」 「そうじゃなくて、悪いけど俺はお前とそういう意味で付き合うつもりは…」 「そう言うと思った。だからコウさん。オレと勝負してよ」

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