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第9話 ホロホロ、ホロリ

 なんで、酔うと理性っていうやつはホロホロと解けて柔らかく溶けていくんだろう。 「いやぁ、酔っ払ったぁ、仁科せんせー、たくさん食べましたかー?」 「…………えぇ」  ここにも一人理性がホロホロと解けて柔らかくなってしまった人が一人。  明日、大野先生は仁科先生に殺されるかもしれない。後半、仁科先生に絡みまくってた。ほら、今も店を出た瞬間、千鳥足で先生の周りをふらふらして。  でも、やっぱり教職に就いてる人間だからかな。普段から渋い顔の仁科先生がもっと渋い顔をしながら、大きな子どもだと文句を零しつつも、大野先生の世話をしてあげていた。  他の先生方で二次会に行く人はもうすでにそっちの会場へと向かった。  一次会のみの先生は駅のほうへ。幹事の一人として会計を任されていたのが大野先生だったけど、この酔っ払いに会計はちょっと……ってことで同じ一年担任の俺らが手伝って。 「ほら、大野先生、しっかり」 「大須賀せんせー、すみませーん」 「あ、こっち段差あるので」 「あらあら、林原先生も、かたじけなーい」  まさに酔っ払いの大野先生を林原先生と二人で肩に担いで店を出ると、普段ならきつく感じる寒さも心地良かった。 「まったく。大野先生は飲みすぎです。大須賀先生たちが二次会に早く行きたいのに足止めしてしまって」 「いえ」  行くのか? 二次会。 「タクシーを呼んだので、大野先生とここで待ってるだけですし、彼だけ押し込んだら帰りますから。どうぞ二次会へ」  行く? 二次会。ねぇ、先生。  仁科先生は本当に四角く真面目な人だから一年の学年主任として見送るつもりなんだと思う。もう大きいけれどお子さんもいるから、二次会には行かず、大野先生の世話が終わり次第、このまま帰るんだろう。 「大丈夫ですよ。この状態の大野先生を仁科先生に任せっきりにはできないですから」  行きますか? 二次会。  スマホで連絡は取り合う時間はなかったから。林原先生の予定は知らない。 「あ、ほら、タクシー来ましたよ」  道路脇に滑り込むように停まったタクシーを見つけたのは林原先生だった。二次会に行く気配は、ない、かな。  二人でまた酔っ払い大野先生を担ぎ直すと、タクシーが扉を開けてくれた。後部座席に少し雑に大野先生を押し込むと、仁科先生が危険防止のためのビニール袋を手渡し、運転手へと住所を伝え、そのままタクシーは酔っ払い大野先生を連れて走り去った。 「はぁ、お疲れ様でした。そしたら、私も帰りますね。二次会、遅れさせてしまってごめんなさいね」 「……いえ」  お辞儀をすると、仁科先生は真っ直ぐな姿勢で、少し足早に駅へと向かった。 「……」  残ったのは俺と。 「……」  林原先生、だけ。 「……」 「あ、えっと……」  二次会、はすぐそこのカラオケって言ってた。 「林原先生」 「は、はいっ」 「酒飲んでるから」 「……はい」  別に二次会には興味なかった。興味があるのは。 「林原先生が、俺の秘密を話しちゃうかもって」 「……」  脅迫されて始まったんだっけ。もうそれも忘れそうなくらいに。 「ぼ、僕! 話しちゃいますよ!」 「……」 「大須賀先生、の秘密。さっき、三年生のあの、先生、が、大須賀先生は気さくで優しくてイケメンって言ってたから、実は、って、バラしちゃいますよ!」  あぁ、途中で林原先生捕まってたっけ。宴会場の入り口のところで、親しげに話してた。二十代後半けっこう可愛いよね、あの人。そっか。考えたら俺とほぼ同年代だ。興味がないから気がつかなかった。何を話してるんだろうって思ってたけど、俺のことだったんだ。 「秘密のパンツ?」 「そ、そうです! だから、その、バラされたくなかったら」  別にこの人が誰と話してようと、そんなのこの人の自由だけど、あの人、歳近いでしょ。だから、範囲内なんじゃない? って思った。 「バラされたくなかったら?」 「バ、バラされたくなかったら」  この人はノンケだから、あの先生は範囲内なんじゃないかなぁって。 「うち、来ませんか?」  脅してるのは林原先生なんだから、そこは「うちに来るんだ」とかでしょ? そう言ったら、しまったって顔をする。  うち、来ませんか?  これじゃ、ただのお誘いになっちゃうでしょ? 「ど、どうぞ、上がってください」  君は脅迫してる人。 「エアコン、エアコン……」  俺は、脅迫されてる人。 「大須賀先生、お茶でもっ、ン」  けど、部屋に招いてもらってすぐコートを脱いで、後ろから抱き締めたのは俺で。 「あっ! 冷たいっ……ン」  後ろから襲われるように、シャツを雑に捲られて、まだ冷え切った指で乳首を抓られ甘い声をあげたのはこの人。 「あぁっンっ」 「冷たいと乳首、硬くなるでしょ?」 「あ、ぁっ」 「早くマッサージ終わるかもよ?」 「んんっ」  ほら、指先が硬さを感じた。小さな豆粒くらい。 「あ、ぁっ……ン」  もう、顔を出しそうでしょ? だから、手を止めた。 「あっ…………ぁ、? 大須賀、せんせ?」  この人は「なぜ?」って顔をして、手を止めてしまった俺を見つめる。 「あ、あの……」  だって、すぐに治っちゃったら。 「ローション、貸して? 林原先生。痛いでしょ?」 「ぁ、そっか、えっと、はいっ、ここに」  トロリとした半透明なミルクは数滴ポトリと掌の滴り落ちた。 「あっ……ン」  ぬめる指で少し強めにピンクの乳輪を摘むと、切なげな声が零れる。たまらず、手で押さえてる。まだこの人にはほんの少しの理性が残ってる。 「あ、あぁっ」  爪で引っ掻きながら、覗き込むと真っ赤になってた。真っ赤になって、唇を噛み締めて、また乳首への刺激に喘いで。酔っ払って体温が高くなったせいか、アルコールのせいなのか赤く染まった舌がその唇の隙間からチラチラ見えていた。 「あっ……ン」  理性、まだ、ある? 「あぁっン、ん」  悪い先生だよね。きっと脅迫したこの人よりもずっと悪い先生だと自分で思う。 「林原先生……」 「ひゃぁ……ぁン」  だって、いつもよりもやんわり触ってる。乳輪を揉みしだくだけじゃ乳首出ないのに。やんわり、ゆっくり、もどかしいほど優しく触れるだけ。 「少し硬いけど、酔ってるから、かな、出ないね」  嘘付き。酔ってるせいだけじゃない。 「あ、ぁ」 「まだ出ないよ。乳首」 「んんんっ」 「ミルク足すね」 「ン」  貴方の理性はまだ残ってる? どのくらい? たくさん? まぁまぁ? 少し? 「ごめん。ないっぽい」 「え……」  ほんのちょっとしかなかった二滴、三滴、そのくらいのミルクローションを掌に落っことして、それをこの人の薄い腹に塗ってあげた。 「あ、それ、あんまりない、ん、です。すぐ馴染んじゃうので」  セックスの時の潤滑用じゃないもんね。本当に保湿とかで使うボディークリーム。だから、肌にはもちろん馴染み易いでしょ。ぬめりの持続性なんてさ、むしろ不必要なんだから。 「買おうと思ってたんです。今日、帰りに。でも忘れちゃって」  本当に少なくて、ちょっとだけだった。 「いいよ、別に、ローションなくても、痛くしないでできるから」 「……ぇ」  ねぇ、林原先生はさ、理性、たくさん残ってる? もしくは少しだけ余ってる? 「あっ! あぁぁっ、ンっ!」  俺は理性がさ、もう、ほんのちょっとも残ってないんだ。

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