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第22話 朝から凶悪

「……カッコいいなぁ」  小さく呟くその声で目が覚めた。  布団の中でもぞもぞと動いて、目を閉じていても、なんとなく視線を感じるっていうか。見られてる感がすごいっていうか。 「カッコいい……」  またそう呟いてる。 「鼻の穴……」  え、なんで急にそこ? もう少しさ、普通、睫毛とかさ、他にもっと見る場所。なんていうか注目して呟くくらいに見つめる場所そこ? そこでいいわけ? カッコいいって思う人の鼻の穴ってそんなに注目しなくない? 輪郭とか、あと、何? わかんないけど、なんかもう少し見るとこ別にあるんじゃない?  なんで鼻の穴?  っていうか、鼻の穴って、鼻毛とか観察されてそうなんだけど。いいけど、でも、セックス後のムード皆無で鼻毛観察とかされてたら、なんか、あの。 「…………あのさ、慶」 「ほぎゃああああああああああ! いだっ!」  生まれたての赤ん坊みたいな声を出して、鼻の穴観察に勤しんでいた慶登が仰け反った。そして仰け反った拍子に、後頭部に壁に打ち付けて、除夜の鐘みたいに鈍い音がした。頭もだけど、申し訳ないことに壁の心配もしてしまうほどの見事な除夜の鐘。 「だ、大丈夫?」 「だ、大丈夫です。いたたたた」 「タンコブできてそう。ぁっ……っていうかできてるっぽい」 「え? ホントですか? え、どこ?」 「ここ」  ほら、頭がさ、ぷっくりそこだけ膨らんでない? 「あぁ! ホントだ!」 「平気?」  慌てて後頭部を撫でてあげると、真っ赤になって、口を真一文字に結んだ。 「ごめん。痛かった?」 「いえ……あの、ち、近くて、その、昨日のことを思い出してしまって」 「……」  あぁ、なるほど。この距離、ね。  眼鏡をしていないと顔が見えないからってセックスの間、引き寄せられた。顔をもっとちゃんと見たいからって言われたんだ。  今のこの距離がちょうど、そのセックスの時と同じ距離、ね。  この距離まで俺を招いて、イった。 「慶登?」 「ド、ドドド、ドキドキします、ので、その名前で呼ばれるのも」  そう言って俯いてしまった。ただ名前で呼んだだけで、真っ赤になってうろたえて。昨日、あんなに可愛い嬌声で俺のこと、何度も呼んでたのに。脚を開いて、全部欲しがりながら、俺の名前を囁いてたのに。  処女で童貞なのに、この人は初めてのセックスで、とても気持ち良さそうに甘く喘いでた。 「そ、その……」 「?」 「僕、へんてこじゃなかったですか?」  たまらないだろ? 昨日あんなに蕩けた声を上げたこの人が。 「ご、ご満足、いただけましたでしょうか」  今朝になったら、恥ずかしそうに肩を竦めて、視線のやり場にすら困って、そして、そんなことを訊くんだから。 「慶登は?」 「ひゃわっ」  名前呼びにすら悲鳴を上げちゃうし。 「気持ちよかった? ……ここ」 「ひょえっぁ……っ」  お尻を撫でただけで、声色変わっちゃうし。 「た、た、た、たた大変」  大変? 「気持ち良くしていただけました。あの、ありがとうございます」 「どういたしまして」  そう律儀に、可愛く、そして不器用なことを言い出すから。  本当に大変だ。  真面目なこの人は休日だろうと朝早くに起きるんだろうか。まだもう少し、この布団の中でまったりしてたいなぁなんて思ったりしたら、けしからんと布団を剥ぎ取るんだろうか。 「俺もすごく気持ち良くしていただけました」 「ほ、本当ですか?」  まだ布団の中にはいたいけれど、二度寝はしたくないんだ。 「よかったぁ」  この人とまだこうしていたいと言うのは、ロマンチストみたいで照れくさい。 「さて、と」  ホント、照れくさくて蒸発してしまいそうだから、無理やり起きてみた。 「朝飯、俺作りますよ。適当ですけど」 「え、でも、そんな泊まらせていただいた上にそんなそんな」  教師たるもの、忍耐も必要でしょ、って自分に言い聞かせながら、どうにか布団の、この人の素肌の魔の手から抜け出そう。  そんで朝飯作って、この人は着替えがいるかな。そしたら、着替えを取りに行く? っていうか、歩ける? じゃあ、俺の着替えを貸す? いやぁ、サイズ違うからなぁ。そんなの見たら襲い掛かる自信しかないし。  お恥ずかしい話、俺、あんまり遠慮してなかったからさ。だって、全身紅潮させて身悶えるこの人がさ、凶悪だったんだよ。 「ぎゃああ、あ、あ、あ……ぁ」 「どうかしました? 慶登っ」  ようやくベッドから抜け出したところで、背後から聞こえた、すごい悲鳴に慌てて振り返った。 「ぁ……えへ」  そこには俺のベッドで驚くほどに重力を全く気にしないであっちこっちに寝癖が跳ねまくる猫っ毛の慶登がいて、自分の尻を両手で押さえてた。 「な、なんか」  真っ赤になって。 「お尻の孔に、先生の大きな、おち……ん、ち……が、まだあるような感じで」  ふにゃりと笑って。 「昨日本当に、したんだなぁって、驚いてしまいました。あは。すごい、ぽわぽわします」  首筋にも、もう朝には引っ込んでいる陥没乳首の周りにも、ピンク色のキスマークをたくさんくっつけた慶登が、ありえないほど可愛いことを口走っていた。 「あ、あの、大丈夫ですか? あの、お腹、まだ痛いんですか? 僕、お薬持ってきましょうか? 朝ごはん作りますよ? って、痛いなら食べられないですよね」 「…………いえ、大丈夫です」  そう何度も処女だった人に手を出せないので一人で処理してます、何て言えるわけがなくて。  トイレの扉の向こう、遠慮がちに今現在は俺の服をだぼだぼで着たこの人が天然発言をブチかます。 「大丈夫ですか? あの」 「もう、出ますから」 「が、頑張ってください」  いや、そこでしっかり応援されたってさ。 「って、トイレの前にいられたら落ち着かないですよね」  そういうことで篭もってるわけじゃないんだって。 「だ、大丈夫ですか? た、大変っ、あの、苦しいんですか?」 「いや、もう……」  まさか、朝、この人のあどけない笑顔一つで、完勃ちするなんてこと、ホント、大変だ。

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