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第23話 夕方だって凶悪で

 そういえば、雪、降らなかったな。  また週末雪が降るかもなんて言ってたけど。  その週末を甘く甘く過ごした。 「林原先生、これ、この前、の」 「鈴木先生」  この人と甘い週末を過ごした。セックスして、キスして、抱き合って、飯食って、微笑んで、キスして、セックスした。 「うわ、ありがとうございます」 「いえ、お役に立てられたら嬉しいです。あの、コンタクト、いかがです? この前、行った時、つけるの大変そうだったから」  代行っていつまでだっけ。  っていうか、何を渡してるの? それ、小さな紙袋に、わざわざ花のコサージュつけて。慶登がそのコサージュを褒めると、特別教室で子どもたちと作ったと言って、首を傾げて可愛く微笑む、ザ、可愛い系女子。  ちょっと心が狭いけど。 「あー、ちょっと朝苦労はしますけど、でも、便利ですよね」 「ですよね! それに、林原先生なら絶対に眼鏡よりコンタクトのほうが素敵です」  でも、心、狭くもなるでしょ。  昨日、テレビで見てたアイドルがインタビューされてた時とそっくりな仕草でくねくね、ふわふわ。狙ってるのが丸わかり。 「何かあったら、ぜひ、遠慮なく相談してください。歳も近いし」  さりげなくなんてないアピールをする代行教諭の、歳も近い発言に、心が狭い俺は。正直なところ舌打ちをしていた。  ぺこん。 「わっ!」  ぺっこん。 「おぉ」  ぺっこーん。 「何、してるんですか?」 「ほへ? うわぁ!」  顔を上げた瞬間、勢いよく飛び上がったカエルの絵。そして、そのカエルがドジッ子慶登のほっぺたに思いきり当たった。  ドジッ子だけど、わかってるけど。 「ドジっ子……」  そう呟きたくなるくらいに、ドジで天然だ。 「それ……」  そのドジっ子が今、自分が担任している四組の教室で、飲料用の紙パックと輪ゴムを使った、ちょっとした図工をやっている。二つ折にしたパック紙を輪ゴムの力でひっくり返すと、ゆっくりと元の形に戻ろうとする、その力を使った勢いでジャンプさせるという単純な玩具を作ってた。  俺は、そろそろ帰る時間だからとこの人を迎えに教室に顔を出したところだった。 「今度の授業で作ったら、楽しいかなって」 「……へぇ、図工で?」 「いえ、生活の授業に。ここに切り込みを入れて、それで反対側に輪ゴムをぐるっと引っ掛けて……それで」  説明しながら、またその紙パックをひっくり返して、机に置いた。ゆっくりと輪ゴムの力で元に戻ろうとする紙パック。実際に子ども達が作る時には絵を自分たちで描いたりすると楽しいかもしれない。カエルにお猿さん、ゾウでも虎でも、何も動物ばかりにする必要はない。自由に作り出す楽しさをって。 「うわぁ!」  そしてひっくり返った瞬間高く飛び上がった紙パックにまた、今度は額をびたんとはたかれて、その拍子に肘の辺りに置いていたビニール袋を落っことして、中からパラパラと長方形にカットした紙パックの切れ端が零れてしまった。  それを拾おうとしゃがみこんだ慶登と一緒に俺も散らばった紙パックを拾いにしゃがんだ。 「大丈夫?」 「あ、はい」 「こんなにたくさん大変だったんじゃない? 紙パック」  けっこうたくさん、授業で使うって言ってたっけ。 「あー、はい。親御さんにお願いして持たせてもらってもいいんですけど、洗って指定したサイズにカットって大変かなって、仁科先生に相談したら、紙パックなら教員から集めればいいって」  独身だとそうたくさんの紙パックを集められないだろうけれど、家族持ちの教員はたくさんいるからと。 「そしたら、たくさんいただいてしまって」 「……」 「鈴木先生からもいただいたんです。そうだ! その時、入ってた紙袋にコサージュつけてあって、子どもたちと一緒に作ったらしいんですけど」  それって、昼間の、だ。何を手渡してるんだって、思って。 「すごいですよね! 僕がぶきっちょだからなぁ」  二人の話している光景を見て、ヤキモチをやいた。 「保さ、ぁ、大須賀先生なら上手に作れそうですよね! 指先器用だし」  呆れるほどわかりやすいヤキモチをした。 「そうだ! 大須賀先生も作りません? ぴょこんカエル……あの、お腹痛い、ですか?」  この人を独り占めしたくて、胸のうちでガキくさい悪態までついて。  呆れて溢れた溜め息を口元を掌で多いながら吐き散らかすと、慶登が心配そうに覗き込んでる。 「あの……」 「なんでもないよ」  ただ、愚かなほどにこのドジッ子に嵌っただけ。 「もう、誰もいないから、名前でいいよ」 「でも、……ン」  この甘いゼリービーンズみたいな唇に病みつきになっただけ。  教室の前の端、教員用の机は子どもの机よりもずっと大きくて、教材がたくさん並んである。テレビの下、教室の隅の一角、しゃがんでしまえば誰にも見つかることはない。 「ぁ……保、さん」  キス一つくらいなら、そう深くて濃いやつじゃなかったら、バレない。 「俺、器用? 指先」  貴方の肌を撫でた指は器用に動いてた? 感じるくらいに、この指先は器用に気持ち良くさせてあげられていた?  この人は無意識に指先が器用だと褒めたけれど、今は、その器用さを意識して、真っ赤に頬を染めた。紙パックを拾う手を指でくすぐって、もう一つだけ、キスを。 「眼鏡にしません?」 「……へ?」 「コンタクトもいいけど、眼鏡、可愛かったし」  ほら、よく話してる時、ずるって下がってくるでしょ? あれ、けっこう可愛くて気に入ってたんだ。 「それに、眼鏡してれば、邪魔でキスしにくくなるから」 「……」  なぜかそこで不服そうな顔をした。 「でも、そしたら、眼鏡にしたら、キス、してもらえないってことですよね? ちょっと、や、かもです。保さんと、キス、したいです……もん」  違うってば。キスならいくらでもするよ。深くて濃くて、いやらしいキスを貴方が欲しいままにいくらでも。でも、止まらないから。  学校の教室で、キスなんてしたらダメでしょ? 悪い先生、でしょ? 「じゃあ、眼鏡を買いに行きましょう。二人で週末。それで泊まって、翌日デートっていうのは、どうです?」  その提案に、キスできなくなるのはイヤだとへの字にした口をパッと嬉しそうな笑みに変えて、表情を一瞬で明るくさせた。 「デート! すごくしたいです!」  だからさ、呆れるほど、慶登に嵌ってる愚かな男にそれは、その笑顔はちょっと、凶悪すぎるんじゃないかって、ことなんだ。

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