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第30話 くすぐったい

 デートって単語はくすぐったい。  なんというか「出かける」のほうがしっくりくる。付き合っている相手と出かける、とかのほうが自然だった。  映画を観てランチして、少しぶらぶらしてからカフェ行って、観覧車の列に並んで、夕陽に染まる景色を見て、ゆっくりゆっくり回る観覧車のてっぺんでキスをする。  そんな、デートをした。  慶登と。 「う、うーん、もうそんなにニラばかりは、ちょっと……」  どんな夢見てるわけ? 寝言が慶登っぽすぎて少し笑った。 「たも、つ……さんも、どー……ぞ」  眼鏡、この人の眼鏡ってどこだっけ? 風呂場、かな。  起き上がると朝、冷えた部屋の空気に少し身震いした。って、そりゃ、上半身裸だから当たり前だけど。この人がさ、子ども体温だからあったかくて、一人で寝てる時よりもずっとあったかいから、なんだかそこまで寒くない気がしたんだ。起き上がって、いつもどおり朝の冷えた部屋の中、服を着ることもせずにこの人の眼鏡を探した。  布団に戻った時にまたあの温もりを感じたくて服は着なかった。  本当に、この人と一緒だとあったかいから。  眼鏡は風呂場に置き去りにされていた。昨夜、風呂場でセックスして、そのまま寝室でもセックスして、シャワーをしなおして眠ったんだ。眼鏡はずっとここで待ちぼうけだった。明るいオレンジブラウンのフレームの、買ったばかりの眼鏡。慶登は目がけっこう悪いから、これ起きてすぐにかけないと転びそうだろ?  大事に大事に甘やかしてる自分がいる。 「保……さん」  相手を甘やかすことが、くすぐったい。 「……眼鏡、どこかなって」  ないと困るでしょ? 手に持っていたこの人のを見せると、丁寧にお辞儀をしてそれを受け取った。  俺がいないことに気が付いて起きた? まだ寝惚けてるのか、どこかポーッとしてるっていうか。この人、天然だけどボケてるタイプじゃないんだ。なんか、何もかもが斜めをいっていて、そして慌しいっていうか、せわしないっていうか。 「ありがとうございます」  ちょうど、俺が選んだ眼鏡のフレームカラーと同じ明るいオレンジのように賑やかで楽しそうな人。そんな人が寝起きの頭に寝癖をくっつけて、ほわほわに微笑んでいた。油断しまくり、隙だらけの笑顔で、眼鏡を受け取って「えへへ」なんて笑いながら、それをつける。 「っ」  眼鏡をつけて、頬を真っ赤にして俯いた。 「慶登?」 「っ」  二人で気持ちイイセックスの余韻に浸りながら寝たから、裸なんだ。俺も、君も。それをたぶん今実感してたでしょ? けど、もっとすごいよ? 俺の背中。  この人に見せてあげたい。 「……どうかした?」 「っ、ぁっ……あの」 「うん」  背中に、昨日のセックスの痕をあっちこっちにくっつけている。 「水、飲む?」  どうやったら見えるかなと考えて、ちょっと寒いけど水を取りに冷蔵庫へと向かった。そしたら、背中が見えるでしょ? 眼鏡してれば、見えた? 「はい。どうぞ」 「っ」  まっかっか。  背中、すごい? ちょっと見えてはいないんだ。でも、たくさん引っかかれたのは覚えてる。 「慶登?」  激しくしたから。  慶登は観念したように口を開いた。背中に残る痕跡を見せ付けることができた俺は上機嫌で、真っ赤なこの人のいる布団の中へと潜り込む。 「ご、ごめんなさい」 「何が?」  あっちこっちにくっついてる。昨日のデート後につけたセックスが、俺も君も、そこかしこに残ってる。 「せ、背中、いっぱい引っ掻いちゃった、から」 「……いいよ、別に。俺もつけたじゃん」  組み敷いて、その白いうなじにキスをした。あまり高いとこはダメ。襟口ギリギリでも、この人はそういうの気をつけるのが下手そうだからやめておこう。もう少し下のところがいい。 「あっ」  鎖骨の近くに一つまた痕をつけた。白い肌は簡単に赤い印がついてしまうから。気をつけて、一度だけ強く吸うと甘い声が朝露みたいに零れる。  潜り込んだ布団の中はこの人の体温であったかくて、心地良くて、気持ちイイ。ずっとここにいたいって思えるんだ。 「ぁ、あっ……ン、ぁ……あっ」  鎖骨、喉、肩、額。キスをする度に声を零して、少し震えて、敏感な慶登が腕の中で身を捩る。 「ぁ……」  触って欲しいでしょ? 「あっ」  それともキスのほうがいい? 「保さんっ」 「もう出てる」  寒かった? まだ触ってないのに、乳首が顔を出してた。寒いのに裸で、俺を探そうと起き上がったせいなのかも。 「乳首」 「ぁっはぁぁっン」 「今日は陥没してないんだ」 「あ、あ、あっ」  冷たい部屋のせい? それとも、うなじへのキスのせい? 「コリコリしてる」  舌先でもてあそぶには充分なほど勃起してる乳首を口に含んで、指で摘んで、歯を押し付けながら齧ってあげる。 「んんんっ、だっめ」 「慶登?」  気持ち良さそうな顔。感じて、喘いで、悦んでるのに、俺の肩を押した。 「ダメ、です……背中、また引っ掻いちゃう」  朝からトロトロになった甘い声を上げるくせに、ペニスをカウパーで濡らしてるのに、ピンクの乳首が可愛くて美味しいのに。この人はそんな自分をもっと美味しそうな色に染めて、腹の底で暴れたがってるコレを刺激するようなことを言う。  たまらなく、セックスしたくなることを言う。 「じゃあ、こうしたら?」 「ぇ? わっ、ふわぁぁぁぁっ」  ぐるりと回転して、俺に跨るようにこの人が上へ。見上げる格好の俺が組み敷かれて下へ。 「ね?」 「ねって、わっ、ちょっ、ぁっ、のっ、これって、これって」 「騎乗位」 「きじょおおおおおおお!」  叫ぶ? ジェットコースターにでも乗ってるみたいに叫ぶ?  でもこれなら背中引っ掻いたりできないでしょ? 布団にくっついてるからさ。だからっ背中のことならご安心ください。 「慶登……」 「っ、ぁ、の……」  また、したい。 「ぁっ、あっ」  だって、君の中はあったかくて、心地良くて、気持ちイイから。 「あっ、あぁっ」  ずっとここにいたい。 「アッ、保、さんっ」  そして、本当にこの甘い感じに浸る自分がたまらなくくすぐったいって思うのに、それでもかまわず、また君と朝からセックスをしたいとも思うんだ。

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