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第2話【上林綾は甘えたい】

 高校での上林綾は、人気者だ。  中性的だが、だからこそ男女共に好まれる整った容姿。オマケにいつも笑みを浮かべていて、人当たりもいい。  そんな上林は、好きな人──幼馴染兼、交際相手である【春松鷹と過ごした痕跡を物理的に集める】という、限定的すぎる収集癖を持っていた。  制服についていた髪の毛は当然として、春松が使い終えた消しゴムのケースや、不要になった付箋紙。『壊れたから』と言って捨てていたシャーペンも何食わぬ顔で拾い、放課後に寄り道をして飲んだコーンポタージュの缶についていたリングプルも回収した。  それら全てに日付と拾った場所を記したラベルを貼り、上林にとっての【お宝】は箱の中に収納。精液は自室にある冷凍庫の中で、丁寧に保管。コンドームの袋は、ファイルに挟んだ。  ──そんな上林にとって、春松と会えない冬休みは憂鬱以外のなにものでもなかった。  * * *  終業式が終わったその日の放課後。  上林は珍しく、春松の家に招待されていた。 「春松の家に来たのっていつ振りだっけ?」 「中学生が最後だ」 「そんなに前かぁ」  普段は、両親が共働きで家にいないからという理由でデート場所は上林家だ。……その方が、若い二人にとって都合がいいという理由もある。  しかし今日は、春松家の両親が外出していて不在だからという理由で、上林は春松家にお呼ばれされたのだ。  春松の自室に入ると、上林は瞳を輝かせた。 「春松の匂いがする……っ!」 「臭かったならすまない」 「あっ、全然臭くないよ! 僕、春松の匂い……大好き、なんだ」  できることなら、袋の中に部屋の匂いを詰めて持ち帰りたい。……が、春松には【愛の収集】をしているとは隠している手前、上林にはそれができない。  だからそっと、深呼吸をする。……そのまま、上林は視線を動かした。 「……わっ。ノートの数、すごいね?」  視界に入ったのは、壁側にある大きな本棚を半分ほど埋めているノートの群れだ。  制服の上着をハンガーにかけていた春松が上林に手を伸ばし、それに気付いた上林から上着を受け取る。 「本当に春松は、勉強が好きなんだね?」 「『好き』というわけではない」  と言う割には、おびただしいノートの数だ。毎日どれだけ勉強をすれば、こんなに大きな本棚を半分も埋められるのか。勉強があまり好きではない上林には、分からなかった。  このノートは、春松が勉強を頑張った証。ならば当然『持って帰りたい』という欲求は強まるが、上林は本棚に向けては手を伸ばさない。収集癖を隠しているという理由を除いても、春松が勉強熱心であることを知っている上林は、その努力を『僕にちょうだい』などとは口にしない。 「僕はそんな春松が好きだな」  ハンガーを手にした春松の背に、上林が控えめに抱き付く。  特に表情は崩さず、春松が後ろを振り返った。 「……ねぇ、春松」  部屋だけではなく、鼻先にある制服からも匂いを嗅ぐ。  ──上林が発情するのには、それだけで十分だった。 「エッチ。……シたいって言ったら、やだ?」 「もう、か?」 「うん、もう。春松の匂いを嗅いでいたら、僕……すぐに、勃っちゃった。……気持ち悪い、かな? 軽蔑とか、する?」  身じろいだ春松から、上林は離れる。  そして、自分よりも背の高い端整な恋人を見上げた。 「いや。……俺は、そんなお前を愛しいと思う」 「い、愛しいって……っ。ふふっ。春松のえっち」 「お互い様だ」  笑う上林の頬に、春松が手を添える。  そしてそのまま、二人は唇を重ねた。

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